第76話
兵舎の一室で、俺はウォルフと面会していた。
ウォルフは、戦争の様子を観察するため長らく潜入任務を行っていた。
ウォルフは入室した際、部屋に大量の紙の山が建設されていて、一瞬面喰らっていた。だが、すぐさま平静を取り戻したようだった。
「公爵様。カスターレン伯爵が兵を退きました」
「とうとうか……」
思わずそんな言葉が口から漏れる。
カスターレン伯爵が兵を退けば、それに付随して他の貴族家も兵を退くことになる。そうなれば領内の統制が復活し、農民たちの逃亡は難しくなるだろう。
今回の戦で想定以上に結構な数の農民がこの機を逃すまいとこちらに逃げ込んでいる。貴族たちは領内に帰った際に農民たちが減っていることに驚愕することだろう。そのため、更なる逃亡を防ぐためにも彼らは領内に統制の力を入れるはずだ。
だが、救えるものは救いたい。多少危険は伴うだろうが。
「もうしばらく、ギリギリまで農民たちの逃亡の手引きを頼む。戦闘になりそうだったら仕方ないが撤退してくれ」
「承りました。その様に伝えます」
逃亡農民を保護するために送り込んでいる部隊も、結局のところ騎士などを擁していない。それゆえ騎士を抱える貴族の軍と対峙した際には敗北は必至だ。
経験の浅い兵も多くいるため、彼らも無為に消耗はさせたくない。それがたとえ、誰かを犠牲にすることになろうとも。
俺は思わずため息を吐く。
戦争の時もそうだが、俺の命令の一つで命の取捨選択が行われていると思うと、何とも言えない気持ちになる。
そんな様子を見かねてかウォルフは声をかけてくる。
「……率いるものというのは、重責を伴うものです。某にもよくわかります」
そうか……ウォルフもある意味では獣人たちの族長だしな。
立場上、一族を守るために奮闘しているんだよな。
「ありがとう……ウォルフ」
「いえいえ。お気になさらず。我々も少しでも多く救えるように努力いたします」
少し心に刺さっていた棘が取れたような気がした。
ウォルフは、それでは任務に向かいますと告げ、部屋を後にする。
そうだな……ウォルフにはウォルフの仕事がある。俺も俺の仕事をしなくてはならない。
少しでも多くの人が助かるように努力せねば。
俺は護衛に控えていた兵士に声をかける。
「さて仕事を再開しよう」
「はっ!」
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