第71話
「主君……主君」
微睡みの中に沈んだ意識が、一気に浮き上がる。
俺は上体を起こすと、隣にはクルトが立っていた。
「なにかあったか?」
「ウォルフ殿が面会を求めています」
「会おう」
俺はベッドから降りる。
クルトから上着を受け取ると、それに袖を通す。
身支度を終えて、ウォルフが待つ別室に向かう。
室内に入ると、ウォルフが跪いていた。流石に話しにくかったので座るよう促し、俺も対面に座る。
「なにか変化はあったか?」
そう尋ねると、ウォルフは懐からいくつかの紙束を取り出しそれを差し出す。
受け取って、中身を確認する。
「つい先ほど王家派閥と包囲貴族との戦端が開かれましたが、包囲貴族の兵数も足りないようで状況は拮抗しております」
「なるほど……カスターレン伯爵の動向はどうだ?」
「戦うのは他の貴族に任せて軍を温存しております。どうやら他の貴族が気になるようで」
ウォルフの言葉に思い当たるものがあった。
例の対面していた貴族か。敵とにらみ合いしてたと思ったら、戦わずに兵を引いたからな。かといって軍を解散する素振りも見られない。
内通しているかもと思って、疑心暗鬼になっていることだろう。
なぜ。こうも皆裏切っているような行為を取るのかと本人は疑問に思っていることだろう。自身の他者を信頼しない姿勢が原因だとは分からずに。
「やはりこういう相手には搦め手が効くな」
ちょっと派閥内を揺さぶってやれば、信頼関係の薄い集まりは途端に隣同士を疑い出す。まぁそれでも兵数は多いし、依然として脅威ではあるんだが。
「ヘルベルトやエーリッヒの方はどうだ?」
「依然として睨み合いが続いておりますが、開戦する兆候は見られないとのことです。また、敵も増援を送る気配はないと」
まぁ敗戦と王家派の貴族への攻撃も相まって援軍を送るような貴族家はどこにもいないだろうな。あったとしても援軍を送るメリットもないし。連合ではあるが、結局自身の家のことが一番大事というわけだ。
「農民の様子はどうだ?」
そう尋ねると、ウォルフはちょっと深刻そうな顔を浮かべる。
「それに関してなのですが、逃亡する農民の数を急激に増やしており、村単位で逃げだすものもおります。村には徴兵された夫を待つ家族が残っていることもありますが」
「貴族や騎士が出払ってるからか……」
「某もその通りかと思います」
思っているより早く事態が動いてしまったな。
もう少し時間をかけて、促していこうと思っていたのだが……。
それ以上に領内の状況が厳しいということだろうか。
地図も一部を配り始めたが、まだ数は足りておらず状況は万全とはいえない状況だ。
クルトやウォルフはどうします? みたいな顔つきでこちらを見つめる。
う~ん。万全じゃないけど、今更状況を嘆いたって何も変わらない。
何もせず見守るか支援するかの択一だな。
「彼らを助けるほかないな」
「どのように?」
そう質問してきたのはクルトだ。
そうなんだよな……そこが問題だ。彼らを助けるために正面切って衝突するのは避けたい。ならば秘密裏に進めるほかないのだが……。
「この軍をバラけさせるか」
俺の発言にいまいち納得できてないのか、クルトは頭にはてなマークを浮かべる。
俺は自身の考えの整理も兼ねて説明を始める。
「通常であれば、農民兵が散り散りにバラけたとあっては、軍の解散を意味する。騎士の統制から外れたってことだからな」
一度区切ってクルトの顔を確認すると今のところ納得しているようだ。
「だが、うちの軍は志願兵で構成されている。バラけさせても軍の統制から外れることはない。この前グレゴリー傭兵団のように優秀な兵士も引き入れたからな。彼らにそれぞれ少数の兵を任せる形で行こうと思う」
クルトも顎に手を当て、なるほどと唸っている。
「そして少数の兵を敵領地に送り込み、逃亡の手引きや保護を行う」
敵からしたら軍が解散したと思って油断するはずだしな。
俺の対面した貴族も王家派の攻撃に向かうことはないはずだ。そのために連帯に釘を刺したわけだしな。
そして、ちょうど経験豊富なグレゴリー傭兵団を引き入れれたのは幸運だったな。
「とりあえず。グレゴリーを呼び出してくれ。作戦の説明を行う」
「畏まりました」
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