第58話:獣人族
俺は執務室でウォルフと面会していた。
「ご苦労だった」
俺はウォルフを労う。実際、彼らの報告の速さのおかげで兄上が間に合った節がある。嫌がらせの効果も十分に感じられた。
彼らは十分すぎるほどに活躍したと言える。
「約束通り、保護下に置こう。とりあえず許可がない他の領民が入れないように集落がある森を禁足地に設定しよう」
「ありがたく」
「それと食料については…必要な雑貨もあるだろうし、金羊商会に依頼して商隊に物資の輸送とそれに伴う定期的な訪問販売で宜しいか?」
「そこまでご配慮いただけるとは……感謝の念に堪えません」
生きていくために食料は必須だが、森の中の根っこだらけの土では農業は難しい。
そして生きるための食糧が手に入れば、人という生き物は他のものも欲しくなるものだ。彼らも森の中で狩猟しているようだし、そういった毛皮と交換したら商売になる。お互いにとって得るものがあるはずだ。
まぁそれはさておき。
「実はひとつ頼みがある」
俺がそう告げるとウォルフは跪き、耳をピンと立てる。
聞こえやすいようにという意図なんだが、ちょっと可愛らしいな。
俺は手元の一枚の紙をウォルフに差し出す。
ウォルフも恭しく受け取ったことで、俺は説明を始める。
「敵の領地で農民がこちら側に逃亡する兆しがある。その際に最適な逃亡ルートの調査をお願いしたい。あくまで普通の人間が通れるルートで頼む」
人通りの少ないルートを開拓することになるので、商会などがそこをうろつくと目立つし検問所を誤魔化そうと思われる可能性が高い。
それ故、ウォルフのような諜報に頼むのがベストと言える。
「承知いたしました。おそらく、何カ所か分散して調べることになりますので……2週間ほど時間をいただくことになると思います」
「あぁ。もちろんだ」
まぁルートが一か所しかないってなったらそこに人が集中して、バレやすくなるだろうしリスクを分散する上で、ルートもたくさんあったほうがいい。
「では某はこれにて」
「あ、あともう一つ」
俺は去ろうとするウォルフを呼び止める。
信頼できると判断した今。前々から考えていたことを提案しようと思っていた。
「実は防諜にこの城に何人か配置して欲しいのだが」
そう言うと、ウォルフは不思議そうな顔をしていた。
「もう3人ほど配置しておりますが?」
「え?」
「ヘルベルト殿に頼まれました。我々が不審な人物の侵入を発見した際には、それを騎士に知らせるようにと」
「……そんな話聞いてないぞ」
「てっきりバルティア公爵様も承知の上かと……」
爺め。俺は心の中で悪態を吐く。
いや、俺のためを思ってというのは理解できるんだが、報告してくれればいいのに……。
まぁ相手が騎士のような手練れが来たら獣人だと手に余るから、騎士と獣人で連携して事に当たらねばならないというのも道理だ。
「……ご紹介いたしましょうか?」
「そうだな。頼む」
まぁ俺を守ってくれる役割をしてくれているが顔を知らないのは中々怖い。
夜廊下でばったりしたら怖いしな。
ウォルフは窓際に近づき、窓を開く。そして、口を窄めて空気を漏らす。
おそらく、様子から察するに彼らにしか聞こえない音なのか?
便利だな……人間には聞こえない音で意思疎通ができるというのは。
程なくして、窓から一人の獣人がするりと入り込む。
「こちらがこの城の防諜の纏め役を任せております。娘のアルテと申します」
「お初にお目にかかりますバルティア公爵様」
ウォルフはの毛並みは灰色だったが、娘は黒の毛並みでつやつやしている。
……ちょっとモフっちゃだめですかね?
あんまり初対面で、そういうことを言うのもどうかと思い真面目モードに切り替える。
「なるほど。これからよろしく頼む」
「はっ!お任せください」
軽く挨拶を交わす。
お互い顔合わせを済ませたことで、ウォルフと娘のアルテは「仕事に戻ります」と言い、窓から外に身を投げ出す。
いや、まぁ…。娘のアルテは防諜だから持ち場に戻るんだろうけど、ウォルフは正面から帰ったらよかったのに…。
それにしても、きれいな毛並みだったな。お願いしたらモフらせてくれないかな?
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