第52話:爺と酒
俺はクルトを一人にさせてあげるべく、部屋を出る。
パタンとドアを開き、外に出るとドア横の壁に背を預ける形でヘルベルトが佇んでいた。
俺はクルトに気づかれないよう、ドアを閉める。
「盗み聞きとは感心しないぞ爺」
「なに。これもアイン様の身の安全のためですぞ」
俺は一つ溜息を吐く。
まぁ俺を想っての行動なのだから、あまり責める気にはなれなかった。
ヘルベルトは、ごそごそと動くと、腰の方に吊り下げていたワインをぶらぶらと俺の目の前で揺らす。
「一杯でもどうですかな?」
「……付き合うよ」
俺たちは兵舎を出て、パーティーの方には参加せず、城壁の上で彼らを見下ろせる位置で立ち止まる。
「よっこらせ」
ヘルベルトの爺くさい行動に、ふふっと笑ってしまう。
「もう儂も年ですしなぁ。アイン様にはその優しさをもって、この老体をもっと労わってほしいものですな」
「機会があればね」
まぁ騎士も足りない今では、その機会は当分訪れることはないだろうが。
ヘルベルトはワインのコルクを抜き…っていうか、素手で抜いたぞ。
どこからか用意していたコップ2つにワインを注ぎ、片方を俺は受け取る。
「ワインなんてどこにあったんだ?」
「北方のバカな敵の方ですな。戦争を旅行かなにかと勘違いしておりましたぞ」
あぁ。なるほど。
この砦の備蓄にワインなんて無かったはずだし、敵から奪ってきたのか。
俺は、ヘルベルトの戦利品のワインを一口飲む。
まぁ~普通かな?個人的にはもっと冷たいのが飲みたいが、常温ならこんなものか。
俺がワインを嗜んでいると、ヘルベルトが話しかけてきた。
「アイン様。初めての戦はどうでしたかな?」
俺はコップを少し床に置き、腕を組んで考え込む。
父上からの参陣命令で参加した戦はあるが、あれはただの観光だったし、残党を討伐した戦いも戦いと呼べるほどの規模ではなかった。
ある意味、今回が俺の初めての戦と言える。
「思っていたようにはいかないもんだな……ってとこかな」
正直運が良かった。
俺がインフラ整備をしなかったら、ウォルフのようなスパイがいなかったら、クルトがいなかったら、ルメール兄上がいなかったら。
どうなっていたかは分からない。
当初の見込みよりも騎士が強かったし、数の力は偉大だった。
「そうですなぁ……戦働きを夢見る騎士見習いでも、多くの者が自身が思っているよりうまくいかなかったりするものですな」
どこか昔を思い出しているのか、ヘルベルトは夜空を眺める。
「……儂はこんな、思い通りにならない世の中で、思いを押し通すのに必要なのは武力と知恵だと思っておりました」
ヘルベルトはそこで改めてこちらの顔を見つめる。
「ですが、アイン様に出会って、優しさも一つの力だと思えるようになりました。ですが老婆心ながら一つだけ忠言させていただきたい」
「……なにかな」
俺が問い返すとヘルベルトは諭すような口調で語る。
「……優しさを、使い分けなされませ。優しさだけでは甘く見られます。時には苛烈に慈悲を許さない姿勢も大事だと思いますぞ」
「使い分けか……」
「ま。この老体に優しさを向けてほしいものですな」
ちょっとシリアスな雰囲気を一瞬で変えてしまう。
こういう所はやはり長年生きてきたヘルベルトの経験の技だと思える。
「偉大な師匠に時には苛烈さも大事だと教わったのでな。爺にはいっぱい仕事をしてもらおうかな」
「はて? そんなこと言いましたかのぅ? ここ最近忘れることが多くなってしまって」
ヘルベルトは、こういうおちゃめな部分もあるから大好きなのだ。
俺が笑ってしまうと、嬉しそうにヘルベルトも笑うのだ。
「ま。これからも期待しておりますぞアイン様」
「あぁ……任せくれ。これからも俺を支えてくれ」
「えぇ。もちろんですぞ」
俺はコップを持ち上げ、爺もコップを持つ。
カツン
コップ同士のぶつかった音は、夜空によく響いた。
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