第51話:クルトの過去
俺は兵舎の一室で、日記をしたためて居た。
公爵領に来た時からつけ始めた日記だが、反省点や前世の知識などを書き留めておくのに重宝している。
ある程度書き終えたあたりで、一息吐こうとペンを置き、窓の外を眺める。
空は既に黒に染まっており、兵舎の外からは賑やかな歓声が聞こえる。
兵士たちには酒などはあまりなかったが、備蓄用の食糧を盛大に使うことで、軽い祝勝パーティーのような雰囲気に包まれている。まぁ備蓄用の食糧だから、量はあれど味はお察しなんだけどね……。
俺はそんな物思いに耽っていると、もう一人の隣人が起きたのを察知した。
「起きたかクルト」
「ここは……私は、生きているのですね」
クルトは満身創痍ながらもベッドから上体を起こす。
まじでオーラを扱える騎士じゃなかったら死んでいたことだろう。
生きていることを残念がるクルトに俺は一呼吸おいてから、確信めいた疑問を投げかける。
「あぁ。そうだな……生きてる。死に場所を求めていたようだがね?」
俺はクルトを観察する上で一つ気づいた。
最初は度胸があると思っていたが、違った。撤退せず、頑なに敵の眼前に立ちはだかっていたのはクルトがただ単に死にたかったのだ。
「公爵様に隠していた……いえ、騙していました。この罪はいかようにも」
クルトの案は自らを危険な場に身を置くことも目的の一つだったのだろう。
「責める気はない。俺も敵を撃滅することを主眼に置いてたし、利害の一致ってやつだ」
確かにクルトは死に場所という目的はあっただろうが、勝算はあった。
そして、クルトは言った通り多数の敵を一人で抑え込むという武勇を見せつけたのだ。俺はそれを責める気はなかった。ただ……。
「ひとつだけ聞かせてほしい。なぜ、そう死に急ぐんだ?」
そう問いかけると、クルトは1つ息を吸い込む。
「……公爵様は以前、私が道に迷い戦場に辿り着けなかったという話を覚えておられますか?」
俺はもちろん覚えているという意味を込めて首肯する。
クルトは、少し遠い先を見据えるような目つきと、後悔の籠った面持ちで話を始める。
「……私には、以前ライバルでもあり親友というべき戦友がいました。共に戦場で、どちらが功を競うか、よく口論していたものです」
いました……という過去形か。
「そして、いざ戦争というタイミングで私は徴兵のため割り当てられた村を、見つけることができませんでした……今に思えば、内部に裏切者がいて偽の命令を渡されたのでしょうが。なんとか戦場に辿り着いたときにはもう……」
「戦争が終わっていたという事か」
クルトはその通りですと相槌を打つ。
「戦場の跡地で見つけたのは友の亡骸でした……私は友を抱きしめ、泣きました。己の未熟さを恥じ入るばかりです」
「復讐とは考えなかったのか?」
「すでに周辺の貴族はボルドー派で、戦争の機運がなかったのと……誠に勝手ながら友と同じく騎士として死にたかったのです」
「なるほどな……」
クルトは騎士としてかなり上位の方に入る。おそらくそれを警戒して裏切者が、偽の命令書とかを渡していたのか。あのワーレン候が、戦に敗れた背景にはそういった事情もあったということか。
そしてなぁ……クルトの事情は、この乱世では珍しくない。
クルトの強さは先の戦で、証明されている。
彼には是非とも立ち直って、うちに仕えてほしい。
「これからもその心残りを抱えていくのか?」
「……」
クルトは何も答えない。
俺は慰めようにも、友はクルトにも生きててほしいって思ってるはずだ。なんて言葉をかけるつもりはない。
一度死んで転生した俺でも、前世の関係のあった人々に感謝や謝罪なんてできないしな……。本人が直接伝えてこそ意味があるはずだ。まぁ俺も伝えることはできないんだけど。
「俺は、その気持ちを捨てろとは思わないな。その気持ちはどれだけ友を想っていたのかの証明だと思うからな」
俺だったら、忘れられるくらいよりかは、少し心にとどめておいてくれた方が嬉しいな。ただ……。
「それでも前を向けないなら、その気持ちを少しだけ俺に背負わせてくれないか?」
重荷にならないことを俺は願うばかりだ。
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