第42話:前兆

 俺は執務室で報告書を照らし合わせて確認を取っていた。


 ウォルフの調べてきた情報は、ほとんどが今まで知り得ていた情報だったが、それ故に誤差がないことが見て取れた。

 なにより、商会の方では把握しきれていなかった騎士の中の魔法使いの内訳や、軍を率いる貴族の性格などが事細かに記されていた。


「よくここまで調べ上げたな」

「…以前から集めていた情報もありましたゆえ」


 なるほど。

 前々から俺だけじゃなく周辺の貴族の動向も確認していたのか。

 ウォルフの報告書で特筆すべき点として南方から来る敵主力を率いる貴族の性格把握だろう。


「まさか大軍を率いるものが臆病者だとはな」

「臆病者ゆえに、最も兵力を出しており指揮権も掌握しております」


 なんというか…某独裁国家の書記様を思い出すな。

 だが、これは使えるかもしれん。


「確かウォルフ殿は弓などの狩猟に長けているのだったな?」

「ハッ!一族のものはみな狩猟に長けております」


 彼らの住む集落は森の中ということもあり、畑なども少なく代わりに優れた五感を活かして狩猟などで生活していた。

 そう聞くと、獣人ってこの世界の最強になれるんじゃないかって思えるが、彼らには欠点がある。

 オーラや魔法が使えないのだ。


 まぁそれでもそこらの農民よりかは強いんだけどね。


「君らに一つ任務を与える。これを完遂したら表立っての発表は出来んが、保護を約束しよう」

「…ありがたく」


 ウォルフは恭しく頭を垂れる。


「任務というのは、やつらが侵攻を始めたら知らせることと、敵主力の道中で弓を1、2回射かけて撤退。それを繰り返し、嫌がらせを行う」

「それだと、ほとんど敵は減らせないと思いますが…」


 ウォルフの質問に俺は悪い笑みを浮かべる。おっと父上のがうつったかな?


「臆病者は過度に警戒し兵は疲れ、侵攻は遅々として進まないだろう」


 敵別動隊を撃破する間、敵主力を遅らせる。

 どこまで効果があるか分からないが、それなりに効果はありそうだと感じる。

 例え卑怯と言われようとも、劣勢な現状では使えるものは使わねばならん。


「バルティア公爵様の命、しかと承りました」

「あぁ頼む」


 ウォルフは、立ち上がると執務室の窓から颯爽と降りて行った。


 別に、話は通してあるからドアから帰ってもいいのに…。



 これで彼らが、使えるのであればもっと使っていきたい。

 なんなら彼らの五感の鋭さを活かして、防諜とかも良さそうだし、マスケット銃の狙撃手みたいなことは…無理か。

 細々と改良は続けているが、命中精度の悪さは数で補わなければいけない。だが、数で補ったとこで火薬が足りないし騎士には通用しない。

 まぁ、今できる範囲でコツコツとやっていくしかないか。


 俺は、ふとウォルフが去った窓から空を眺める。

 どんよりとした雲が重くのしかかっており、嵐の到来を予感させる空模様だった。


「嵐が近いかもな…」


 俺の独り言は誰にも聞かれることがなかった。

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