第41話:獣人

 砦の視察からの帰り道。


 街道に一人の人物が立っていた。

 なんか、すごい既視感あるんですけど…このシチュエーション。


「何者だ? 顔を見せられよ」


 ヘルベルトがそう問いかけると、男はフードを取り払いその顔を覗かせる。


「獣人か…」


 そう呟くと、獣人の男は道のど真ん中で膝をついて頭を垂れる。

 それにしても、首輪をつけていない…逃亡奴隷か?


「某の名はウォルフ。どうかバルティア公爵様にお願いしたい儀がございます」


 どうしますか? と目線でヘルベルトが確認してくる。

 俺は少しだけ前に出て、声が届くような位置を取る。


「願いとは?」

「某たちをバルティア公爵様の戦列の末席に加えていただきたく」


 怪しい…。このタイミングで軍に入れてくれなんて怪しすぎる。

 ヘルベルトも斬りますか?と目線で訪ねてくる。


「今の情勢を理解しているのか?」


 咎めるような口調に獣人の男は更に頭を低くする。


「存じております。ですが、今だからこそと考えております。理由を話させていただきたい」


 とりあえず理由を聞いてから判断しても構わないか…付近に他の敵がいる様子も感じられないし。

 とりあえず話だけでも聞いてみようとヘルベルト含め目線で意図を伝える。


「話してみよ」

「…ありがたい。某たちは元々は逃亡した獣人奴隷がルーツにあります。普段は、森の中の小さな集落で暮らしております」


 逃亡した獣人奴隷の末裔か。

 この広大な公爵領において全てを知っているわけではないため、把握漏れの集落があってもおかしくはないと思っていたが…獣人の集落か。


「某たちは、遠見や耳がよく。足の速いものなど、情報集めが得意なものが多いのでバルティア公爵様のお役に立てるのではないかと」

「それは今のこの情勢下で、時期の答えにはなってないと思うが?」


 俺に仕えるつもりがあるなら、もっと早い段階で接触してきても良かったはずだ。


「…僭越ながら、バルティア公爵様の人となりを観察させて頂きました。獣人にも寛容で、某たちを高く買ってくれる瞬間は今しかないと」

「…監視していたのか」


 俺の言葉に何も言わず更に頭を低くする。

 この情勢下を考えれば、彼らのような存在は確かに欲しい…。だからこそ自身の価値が高まるこの時期に来たのか。


「望みはなんだ?」

「獣人奴隷の解放」


 その場にピリッとした緊張感が張り詰める。

 それは…この国の王様にでもならないと解決できない問題だ。少なくとも俺のようなハリボテの公爵では到底無理だ。


「…さすがに難しいのは存じております。ですので、バルティア公爵様による保護と食料などをいただきたいと思っております」

「…分かった。とりあえずは敵の貴族家の情報収集を頼もう。その結果次第では考える」


 ウォルフと名乗った獣人は頷くと、足早に去っていく。


「宜しいのですか?」

「あぁ…敵の間諜の類だとしても、こちらには金羊商会の物流の把握がある。二つを照らし合わせれば信憑性がある程度測れる」


 それに…。


「あの目は本気だったしな」


 本気で獣人奴隷の解放を目指しているのか…。

 まぁいい。今回の提案も彼らも俺に利用価値を感じたから申し出てきたのだろう。だから利用する。今回俺たちに協力するのは東部に集落があるのかもしれないしな。

 逃亡した獣人奴隷など貴族からしたら放置されている資産と同じだ。


「さて戻るか」

「そうですな。今度は女人でも倒れているかもしれませんぞ?」

「やめろ爺。なんだか本当に起こりそうだから」


 そんなことを言いながら帰路へと就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る