第43話:勝利への渇望

「バルティア公爵様。敵が徴兵を終えて移動を開始しました」


 その報告を聞き、胸に不安が張り詰める。

 商会からの情報でも、物資集めはとうに終わっており間近だったのは分かっていたことだ。

 とうとう来たか…。


「では、手筈通りに頼むぞ」

「ハッ!」


 ウォルフはささっと部屋を退出していった。

 今度はちゃんとドアから出て行ったようだ…。

 だが、廊下から誰かのびっくりする声が響く。


 ドアから出ても良いよとは言ったが、ドアから出た後は窓から出てもいいってわけじゃないんだがな…。


 俺は一枚の紙を取り出し、父上に報告書をしたためる。

 おそらくやつらが動きだしたということは父上のほうにも敵が押し寄せているだろう…。援軍は期待できないが、報告だけでもしておかねば。


 俺は手紙を使用人に渡し、父上に届けるよう言づける。

 すでに兵士たちや騎士たちのほとんどは砦に現地入りしているため、俺も合流せねば。


 出発の準備をしていると、レイラ嬢が訪ねてきた。


「ご武運を…生きて帰ってきてくださいアイン様」


 心配してくれるレイラ嬢に、少しばかり嬉しさを覚え、心の不安が和らぐ。


「心配してくれてありがとう


 ふと気づくと、俺はレイラを抱きしめていた。

 少しの抱擁の後、俺たちははにかみながら体を離した。


「では、行ってきます」

「えぇ。無事に帰ってくることを、この城でお待ちしております」


 俺は頷くと、足早に部屋を出た。

 レイラには助けられたな…不安は鳴りを潜め、心にはやる気が満ちていた。

 公爵領を…家臣を、そしてレイラを守ると俺は改めて決意を固めた。



 数人の騎士を引き連れて、砦に辿りつくとすでに準備は終えていたようで兵士が待機していた。

 砦も、高さ3mくらいの城壁と、その内側には兵舎や厩舎などが存在しているだけだ。そして、突貫工事ながら壁の周りに策や堀が何重にも構築されている。


 兵舎に赴き、現地で情報を集めているエーリッヒや爺と合流する。


「今のところどうなっている?」

「概ね計画通りです。あと2日後には領境を超えるでしょう」

「そうか…計画通りに頼む。それと、兵たちを少し集めてくれ」

「構いませんが…なにを?」

「少しばかり話をな」



 兵士たちが整然と並ぶなか、俺はお立ち台に上り、彼らを見渡す。

 彼らはまだ若いながら、日ごろの訓練と食事をきちんと配給したので肉付きはかなり良くなっているのが見て取れた。

 そんな彼らにこれから戦って死ねというのだが…。

 彼らは緊張しているようで、こちらを見る瞳に熱が籠っている。


「諸君…とうとう戦いの日が来た。まぁ私としては後回しにしたかったけどね」


 そういうと、兵士たちも貴族っぽくない砕けた発言にすこしばかり弛緩した空気が流れる。

 俺個人の本心としては、もっと内政に金も人材も回してのんびりやりたかった。


「だが、時代の流れがそれを許さないようだ。乱世では王も、貴族も平民も…時代の流れに飲まれていく。もはや王国に安全な場所などないのではないかと思えるほどに」


 実際、王家の威信のために、過去の屈辱を晴らすため、更なる栄華を求めて。みなが様々な理由で武器を取り、争いあってる。


「だが、私はそんな現状を変えたいと思っている。領民の誰もが飢えず、領主の圧政に怯えず過ごせる未来を作りたい」


 三圃制や財産の保護もそれが理由だ。

 例え、時代の流れに逆らうとしても、俺は俺のやりたいように…

 父上がそうしろって言ったしね。


「理想の実現のため、敵を完膚なきまでに撃破せなばならん。…諸君。共に勝とう」


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