第37話:噂

 領都に戻った俺を待ち受けていたのは、膨大な書類作業だった。


「公爵閣下。これもお願いいたします」

「…なぁエーリッヒ怒ってる?」

「いえ、王都まで旅行してきた公爵閣下を怒るはずがありません」

「やっぱ怒ってるだろ!?」


 エーリッヒから届けられる書類は、すでに執務室の机の上でタワーを建築していた。


「まぁからかうのはここまでにしておきましょう。実際、私も代行とは言え公爵閣下直々に採決していただかないといけない書類もありましたので」


 まぁ実際に小さな利権争いの裁判による判決など、公爵という地位で採決が必要な書類ばかりなのは事実だった。


「俺がいない間に領内で変わったことはなかったか?」


 こんな膨大な書類に目を通すより、既に把握しているであろうエーリッヒに確認を取ったほうが早い。

 エーリッヒは思い当たるものがあるのか少し考え込む。


「領内ではありませんが一つだけ」


 なんとなくエーリッヒの雰囲気から察するに重要そうな気がする。


「金羊商会からの情報なのですが、他領にてここ最近急速な勢いで、一つの噂が流布されております」

「噂とは?」

「大公派が、ヴァイワール伯爵は王家の血を穢した王家の敵だ。討伐せよと命じたと。そういう噂が、流れています」

「なるほど…事実確認は?」


 エーリッヒは何も言わず首を横に振る。

 事実かどうかは確認ができなかったということか。


 してやられたな。


 今回の王都訪問も、シルリア地方平定と公爵家の件について許しを得る形になっていた。

 だからこそ、包囲網を形成する一部の王家に忠義を感じている一部の貴族は妨害する動きを見せていなかった。

 だが、彼らも王太子に忠義を尽くしているのではなく、王の血に忠義を尽くしているのだ、もちろん大公派だって王家だ。

 包囲網が結束する可能性がある。なんならほぼ確実とみていいだろう。


 1つ気がかりなのはこの噂を流したのは誰だ?


 包囲網を形成している貴族の一部か?

 いや、それはないな。もしそうなら勝手に噂を流されている大公派も黙っちゃいない。となると大公派か?

 大公派としてうちを潰すなら噂を流すより、貴族に直接唆し奇襲させた方がいい。


 だが、包囲網の貴族たちには今すぐ戦争という兆候は見られない。

 これは金羊商会が把握している物流の動きからだが…。


 なんとなくだが、思惑が見えてきた。

 大公派としては王太子派とつながりを持ったヴァイワール伯爵派閥を見過ごすわけにはいかなかった。だが、大公派が上手かったのここだ。

 大公派はヴァイワール伯爵が王太子に手を貸すことはないと見抜いていた。だが、勢力として面子とうちに対する牽制だ。


 会ったことのない大公派はこちらのことを見抜いてるのに、実際に会った王太子は見抜けず味方につけようと必死なのは、なんとも皮肉な話だな…。


 タイミングもそうだ。

 牽制だからこそ、俺たちが領内に戻ってから噂を流した…。間違っても、俺らが襲われないように。襲われたとあっては、大公派を目の敵にし、王太子と結束する可能性も捨てきれないからだ。


 もし現状で大公派へ食い掛ってもあくまで噂で、うちはそんなこと指示していないと表面上の敵対は避けた。だが、それ以上調子に乗んなよ?ってことで包囲網の貴族に口実を与えた。


 正直に上手いなと感嘆させられる。

 自身の手はほとんど汚さず状況を誘導し、こちらに不利な状況を作り上げた。

 俺は机に突っ伏し、思わずため息がでる。


「はぁ~…してやられたな」

「…戦争になるでしょうか」


 俺はエーリッヒの質問に頭を掻き、考える。


「なるだろうな…今はまだやつらも準備をしている状況は見られない。だが確実だ。父上にも報告しなければ…」


 俺はそこらへんの適当な使われていない紙を手に取り、ペンを走らす。

 父上も知ってる可能性が高いが、一応報告だけでも。


「我々はどうしますか?」

「そうだな…とりあえず志願兵を新たに2000ほど募集しよう。もう少し内政に金を回したかったが…」


 まぁこれでも足りるとは思わないが、全体を合わせても1000に届かない現状では無理だ。

 思うようにならないもんだな…俺はそんな感慨を抱いていた。

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