第35話:旅の終わり

 王都出発の日。

 ジーク王子が見送りに来ることはなかった。

 王都の街並みは、どんどんと遠ざかっていく。

 俺が遠ざかる街並みを、眺めていると心配そうにレイラ嬢が声をかけてきた。


「なんだかアイン様、少し寂しそうですね」

「そうかな? …そうかも」


 短い間だったが、強烈な経験だったな…。

 王位に固執している王太子と、武力もカリスマ性も兼ね備えている第5王子。不健康そうな見た目に復讐心と王位に取り憑かれた王太子。

 果たして王家はこの先どうなることか…。いや、他人の心配をしている場合ではないか。包囲網も形成されようとしているし、領内も盤石ではない。


 だが、ジーク王子の誘いで、改めて自分がどうしたいか再認識できた。公爵領の更なる発展…。

 本当は適当に、ハーレムでも築いてスローライフしたかったんだけどなぁ…。



 帰りも同じ道を通り、公爵領へ戻る。

 公爵領に入った際に味方の勢力圏ということもあり、父上は公爵領都に向かわず伯爵領へと直接向かった。公爵領のインフラ整備のおかげも一因だ。


 馬車が進むと、窓がノックされる。


「アイン様。前方に人が倒れています」


 俺は馬車から身を乗り出し前方を確認する。

 確かに人が倒れているが…なにかしらの罠か? でも、辺りは草原で身を隠す場所は存在しえない。


 とりあえず。馬車を下りてヴェルナーに確認させる。

 倒れている男は、軽装に家紋の書かれていないマント。そして腰に剣を差している。

 マントに家紋が書かれてないあたり元騎士か騎士志望といった所か。


 ヴェルナーは男の下まで歩いていき、剣の鞘でつんつんとつつく。


「アイン様。こいつ生きてまーす!」


 どうやら男は息をしているようだった。




 倒れていた原因は、空腹と脱水が原因だったのでうちの手持ちを分けるとみるみる回復していった。

 その後、事情を聞くために俺は簡易式の組み立て椅子に座り、男は地面に座り込む。


 助けた男は、茶髪ロングの優しそうな顔をしているがどこか雰囲気に儚さが同居している。

 なんか…前世だったら歌舞伎町で女たらしてそう。

 初対面だが、そんな失礼なことを考えていた。


「助けていただきありがとうございます」

「構わないが、どうしてあんなところに?」

「お恥ずかしい話なのですが、道に迷ってしまいまして…」


 見る感じ嘘をついてる感じはないな…。

 まぁ俺の見る目は当てにならないが、ヘルベルトなどがしっかりと見ているので大丈夫だろう。


「どこから来たんだ?」

「東の方から任官先を求めて」


 装いからして騎士志望なのは分かる。

 貴族相手にも動揺を見せないあたりから、騎士見習いなどではなく、元騎士だったのが窺える。


「元はどちらに仕えていたのか?」


 そこで男は思い出したように胸に手をあてお辞儀をする。


「申し遅れました。元はワーレン候にお仕えしておりましたクルトと申します」

「私はアインツィヒ・フォン・シル・バルティア公爵だ。しかし、驚いたな。ワーレン候の騎士の生き残りがいるとは」


 ワーレン侯爵は武の名家としての誇りか壮絶な最後を遂げたと聞いていた。おそらく騎士も全滅したのだと思っていたが、生き残りがいたとは…。


 男は、申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「…戦場に行くまでの道で迷ってしまいまして」


 ヴェルナーもヘルベルトもマジかよこいつって顔してる。なんなら馬車の御者も。

 普通は遅れたとあってはなにしとんじゃワレェ! って激詰めされるか、もしくは速攻クビだ。もちろん本当に首が飛ぶ。

 でもそれを咎める主家が滅んだからこそ彼はこうやって生きていると言えるのだが…。


 う~ん。うちも騎士が不足してるし補充できるならしたい。

 ほとんど任官を求める騎士は、うちじゃなく父上に行くからな。出世目指すなら支社より本社ってのも道理だ。


「1つだけ条件があるが、うちに来るか?」


 怪しさがないとはいえんが、なんか…こうスパイとして送るならもっと人選があるんじゃないかって感じはする。

 本当に倒れていた時はあのままだとやばい状態だったし、俺がどのルート通るかもわからないのにそんな危ないことするだろうか。


「叶うならば…」


 クルトは了承し、頭を垂れる。


「条件というのは、ヴェルナーと試合をしてもらう」



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