第30話

「バルティア公爵殿でお間違いないかな?」

「…えぇ。そうですが、お名前を伺っても?」


金髪に煌びやかな衣装。

そして彼の醸し出す雰囲気に、なぜか惹きつけられる。


「おっと、これはすまない。自己紹介が遅れたジーク・フォン・ゲラム・オーゼンハイムという。五男で側室の出なので気楽に接してくれ」


そう言って、目の前の偉丈夫のジーク王子は手を差し出してきた。

握手を断るのも非礼として見られては困る…。俺も彼の手を握り返す。

金髪と言いやはり王家の出身だったか。公爵と王太子の息子ってどっちが上として扱われるかは難しいところがあるのだが、丁寧に接すれば問題ないはずだ。


「アインツィヒ・フォン・シル・バルティアです。ところで、なぜ私にお声がけを?」


握手を交わしながら、そう聞く。

ジーク王子はおどけたような表情を浮かべた。


「暇そうにしていたのでね。お話でもどうかな?」


握手した時点で、彼の提案を断るのは難しいだろうな…迂闊だった。

どうせ暇していたことだ。情報収集するのも悪くない。


「私でよければ喜んで」

「よし。それならば…おーい!カーラ!」


ジーク王子がそう声を上げると、一人の女性が近寄ってきた。

紫の髪に切り長の目は、冷たい印象を感じる美女だ。


「紹介しよう。私の婚約者のカーラだ。男同士で、お話しても女性は退屈だろう?」


そう言ってジーク王子が視線を向けたのは、俺の半歩後ろで控えていてレイラ嬢だった。レイラ嬢も目線で確認を取ってくるので、俺もそれに頷いて返す。


「…レイラ・シル・バルティアと申します。以後お見知りおきを」

「カーラ・マルネンと申します。男爵の出故、お気遣いなく」

「さて。自己紹介が終わったことだし、ちょっと男同士の話をしたいでな。バルティア公爵令嬢をもてなしてさしあげろ」

「はい。殿下」


俺もレイラ嬢に行ってきていいよという旨を目線で送る。

二人は、離れていく。


「さて。ここでは人目に付く、俺たちもあちらへ移動しよう」


ジーク王子に案内された辿り着いたのは、大広間から出ることができるバルコニーだった。

周囲に人はおらず、夜風が頬を撫でる。

バルコニーからは王都の街並みが窺えた。


「良い景色だろ?」

「えぇ。これだけ大きい都市だと見応えがありますね」


月が昇っている夜でも、建物に明かりがともっているのが確認できる。

俺は手に持ったグラスを一口含み、ジーク王子に向き直る。


「それで、お話というのは?」


ジーク王子も、本題を切り出すためか顔付きは真剣みを帯びる。


「話というのは……ない。暇だったから抜け出す口実が欲しかっただけだ」


俺が呆気に取られているとその様子がおもしろかったのかジーク王子は笑った。


「ぷふふ。すまない。反応がおもしろくてな。だが、興味もないご老人の長話を聞くのも退屈だろう?」

「まぁそれもそうですが…」


実際俺に挨拶してきた一部の貴族は全員ご老人で、よくわからない話を延々とされ嫌気がさしていたのも事実だ。


「年も近いのだ。世間話でもとおもってな。カーラの前では言えぬが、好みの女性の話でもいいぞ?まぁ、もちろん私の好みはカーラだがね」


そう言って笑うジーク王子を俺はどこか懐かしさを感じた。

あぁ前世の友達を思い出すのだ…。ヴェルナーもエーリッヒも友達だと思っているが、どうしてもそこには主従関係って前提がついてしまう。ある意味対等と言える友達はいなかった。

俺は久々に懐かしき心地よさを感じながら、ジーク王子と言葉を交わした。

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