第26話:ハイネマン司教
「寒い中、お呼びして申し訳ない」
「いえいえ。お気になさらず。それでお話というのはなんでしょう?」
ハイネマン司教は嫌な顔ひとつせず、呼び出しに応じてくれていた。
「話というのは、実は私の人となりというか行いを広めてほしいのです」
「…どういうことでしょうか?」
ハイネマン司教も意図が分からず困惑しているようだ。
俺は長話になるかもと思い、茶で口を湿らせてから喋る。
「ここの領民は、前バルティア公爵の影響もあり貴族に不信感を抱いている印象があります」
「…それは否定できませんね」
ハイネマン司教も彼らと接する上で民衆の貴族への不信感を感じているのだろう。まぁ乱世で重税など、生活は苦しくなる一方だったしな。
「私もまだ、ここに来て日が浅いので彼らの信頼を得ることができていません。彼らと関わりで信頼を得ようにも限られたここ領都のみでしか出来ていません」
騎士の数が足りないが故、公爵領の支配も盤石ではない。そのため俺の指示も信頼も距離が遠くなるほど影響力が下がってしまう。
ハイネマン司教も否定せず頷く。
「そこで長年の人脈と知識を持って私の人となりをハイネマン司教に広めていただきたいのです。泥棒がいくら自分が盗ってないといってもなかなか信用できないでしょ?」
「えぇ、そうですね。つまり私は公爵様とみなさんの橋渡しをすればよいというわけですね?」
「その通りです。ハイネマン司教が手伝っていただくことで民衆と私の信頼関係は得られ、バルティア公爵領における安寧に寄与すると思いませんか?」
「そういうことなら喜んでお引き受けいたします」
ハイネマン司教は胸に手をあてお辞儀をする。
引き受けてくれるようで良かった。俺とハイネマンは握手をし、協力関係を結ぶことが出来た。
俺が宗教と協力することに決めた理由としては、情勢と広大な領地が原因だ。
現在周辺の貴族家は包囲網を形成しようとしており、噂などで混乱を誘うことはできても油断はできない。
兵数も領地に比べて少ない数しか動員できず、軍量で劣る状態で領民を味方にできなければ厳しい戦いにならざるを得ない。
教会などは領内のあちこちに存在し、ハイネマン司教はそれのまとめ役だ。彼の考えは他の教会にも共有され情報は伝達される。ハイネマン司教の影響力を利用することで領内を統制しようというのが俺の考えだ。領内の信頼を勝ち取れば、この後の改革次第では忠誠心を高めることもできるはず…たぶん。
しばし談笑の後に、ハイネマン司教も雪が酷くなる前に戻るとのことなので席を立った。
「ハイネマン司教、私は政策として領民たちの資産の安堵を約束しようと思うのです。我々のほうでも発表しますが、ハイネマン司教の方でもその旨を伝えていただけませんか?」
「えぇ。お任せください」
そこで改めて握手を行い、ハイネマン司教を見送った。
俺は一人になった応接間で茶を一口すする。
果たしてハイネマン司教は気づいているのだろうか?俺の思惑に。
もちろん、領内の安寧などは本当に思っていることだ。宗教勢力は表面上は中立だが、治安の回復は彼らも願っていることだ。だからこそ了承してくれたのだろう。
ハイネマン司教にやってもらいたいことを端的に述べるなら広報官であり、プロパガンダと言える。
まぁ騙しているわけではない。さっき言ったことは事実だし結局ハイネマン司教に広めてもらうためにも、俺はそれなりの振る舞いをしなくてはならない。
宗教が政治と関わると碌なことにならないって前世で習った気がするが…。
こんな世の中では、なりふり構っていられないのも実情だ。
俺は残った茶を飲み干し応接間を後にした。
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