第18話:方針

「さて、昨今の情勢を踏まえて我々の方針だが…」


 父上がそう語りだすと、みなが神妙な顔持ちで話を聞く。


「軍事行動は控え、地盤を固める」

「……周辺の貴族家は包囲網を形成しようとしております。手遅れになる前に個別に叩くべきでは?」


 そう進言したのは寄り子の貴族の子爵の一人だ。

 父上もその発言は同意できる部分もあるのか頷く。


「確かにその通りだが。これ以上拡張しても、それを治める人材が足りんのだ」


 そう語る父上はどこか悩まし気な様子だ。

 人材不足は伯爵家の大きな悩みだった。敵対した家はほとんど滅ぼし、そこに寄り子の貴族や俺のように当主を入れることでなんとかしていたが、既に限界が来ていた。

 バルティア公爵領もいくつか領土を割譲したが、8割ぐらい残っている。そこに俺と俺の家臣団を入れたのも人材不足が原因だ。

 人材がいるのならもっと公爵領を割譲して治めても良かったが、それができなかった。

 人材が足りないことは、みな感じていたことであり「う~ぬ」と唸っているが、人材は畑からぽんっと収穫できるものでもないからなぁ。


「とりあえず、戦続きであったため民心を慰撫し忠誠度を高める。足元が覚束ない状態で殴りにいくことはできん。だが、何もしないというわけではない」

「と言いますと?」


 ルメール兄上がそう聞き返すと父上は悪い笑みを浮かべる。


「いくつか噂を流す。まずうちはこれ以上野心はなく、拡大するつもりはないという噂と周辺の貴族家に娘を送り婚姻同盟をしようとする噂だ。すでにこれらは手の者を使って流し始めている」


 派閥の面々は「なるほど」と唸っている。

 2つ目の噂の婚姻同盟は包囲網を形成しようとする貴族家にとっては嫌な噂だろう。もしかしたら内部に裏切者がいるかもしれないという状態を作ることになってしまう。

 父上って腕も立つが、こういう頭も使えるから強いんだよな。腕だけなら伯爵家もここまで大きくなってなかったかもしれないし。


「これでやつらの動きを妨害する。それと合わせて流れの騎士などはどんどん召し抱えようと思う」

「ですが、それでは内部に敵の者が入ってくることになりませぬか? いくらか騎士見習いを騎士に任命するだけでも……」


 そう進言してきた騎士を父上は厳しい目で見つめる。

 まぁ彼の懸念はもっともだが、それは流れの騎士がライバルになることへの懸念の方が大きいと思われる。そういった部分を父上は厳しく見ていた。

 思わず睨まれた騎士は身をシュンとして縮こませる。厳ついおっさんがションボリするのは少し面白いけどね。


「もちろん騎士見習いを昇格させるが、それ以上に人手が足りんのだ。これ以上、拡大を目指すなら滅びた貴族家の騎士などを積極的に召し抱えていかねばならん」


 父上の発言はさっきの彼だけに対してではなく、みなに言い聞かせるようだった。


「私はまだここで終わるつもりはない、更なる飛躍を遂げるためにここは足元を固め、騎士を増やし準備を進めるのだ。みなのもの私の考えを心せよ」


 改めてみなが「はっ!」と平伏した。

 父上はそれを見て頷く。


「では会合は終わりだ。もうしばらくしたら晩餐会の用意が整う。それまで各自の部屋で休まれるといい」


 そういうと、父上は立ち上がりルメール兄上に耳打ちしてから別室へと向かった。

 残された派閥の他の面々も各々立ち上がり、雑談するものや部屋へと戻っていくものも様々だ。俺も部屋に戻ろうかと思ったが……。


「父上がお呼びだぞアイン」


 ルメール兄上に連行されました。

 何も発言してないけど疲れたんで部屋に戻っちゃだめですかね? あぁダメ? そうですよね……。

 俺はルメール兄上の背を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る