第16話:ちょっとした旅行
七六二年十月
新兵の訓練など領内の政務をこなしていると肌寒い季節に近づきつつあった。
新兵の訓練も順調で最近はフル装備で走っても長時間走れるようになってきてるらしい。慣れって怖いね。
領内も残党が鳴りを潜め、訓練がてら新兵が領内を行軍してるので治安もはるかに改善してる。領民の暮らしぶりも税を抑えたことなども幸いして購買力が戻ってきつつあるらしい。
そんなこんなで執務室で仕事をこなしているとエーリッヒが入ってきた。
「公爵閣下。伯爵様よりお手紙です」
俺はエーリッヒから手紙を受け取り、封蝋には伯爵家を洗わず家紋が記されている。封蝋を割り、中に入っていた手紙を取り内容を確かめる。
「あぁ。そっかこの時期か」
エーリッヒは何のことか分からず首を傾げて、頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「この時期になるとヴァイワール伯爵派閥で会合があっただろ?」
そこまで説明すると、エーリッヒも納得の表情を浮かべる。
「あぁなるほど。今年は公爵閣下にもお声がかかったということですね」
「そういうことだ。ただな……レイラ嬢も連れてくるようにと」
「……なるほど」
俺もエーリッヒも腕を組んで、難しい顔をする。
最近馴染んできてくれているレイラ嬢だが、父上やヴァイワール伯爵派閥のとこに連れて行っても良いものだろうか?
いや、父上の命令だから拒否権はない……か。
「準備を進めておいてくれ。近日中に出発する」
「畏まりました」
エーリッヒはお辞儀し、準備の為に部屋を退出する。
一人取り残され俺はふと窓の外を眺める。空は灰色がかっており冬の到来を間近に感じさせた。
数日後に、俺たちはヴァイワール伯爵家へと向かう馬車の中にいた。
俺と騎士数人だったら騎乗して向かうんだが、今回レイラ嬢がいることと長距離なので馬車ということになった。馬車の中は俺とレイラ嬢の二人きりだ。
密室で男女二人きり……
「レイラ嬢……この先辛い思いをするかもしれません。先に謝っておきます」
かつては敵対していた貴族派閥の巣窟に赴くのだ。どういった視線や態度や言葉が来るのかは俺も想像がつかない。
「大丈夫です。覚悟の上ですから」
「できる限り、俺もフォローします」
少しばかりの申し訳なさを感じながらレイラ嬢を気遣う。
だけど、レイラ嬢は笑顔で応えてくれる。
「ありがとうございますアイン様」
レイラ嬢も当初とは打って変わって、逞しくなったように感じる。
メイド長だったメリアが心構えとかいろいろ教えているらしいし、それのおかげかな?
やっぱ同性で年上だと信頼感あるよね。俺にとってのヘルベルトみたいなものかもしれない。
「そうだ。これでもどうぞ」
俺は思い出したように、横に置かれたバスケットから布で包まれた物を取り出す。
「クッキーですか?」
「えぇ。ですが味は普通のと違うと思います」
レイラ嬢はクッキーをひとつ取ると、それを口に運ぶ。
「! 柔らかくて、とても甘いです。あのアイスもおいしかったのですが、これはこれで……」
レイラ嬢は目をキラキラしながら思い思いの感想を述べる。
俺が微笑ましく、それを見守っているとレイラ嬢も気づいたようで顔を真っ赤にして俯く。
「すいません。はしたなかったですよね……?」
「いえ、ここには俺たちしかいませんし構いませんよ」
この世界のクッキーって硬くて、乾燥した果物とか入れてて素朴な味わいなんだよな……。たぶん。旅行などの携行食って意味合いが強いんだと思う。
だけど、どうしても前世の経験からクッキーって甘い印象があったから貴重な砂糖をふんだんに使って作ったのがこのクッキーだ。
チョコチップがあったのが一番好きだったんだが、チョコなんてないしなぁ……砂糖とかも量産したいけどサトウキビなんて知らないし、そもそもこの世界にあるのか?
いつかはどうにかしたいなぁなんてことを考えていると馬車の窓がノックされた。
窓を開けるとエーリッヒが馬上ですぐそばに並走していた。
「公爵閣下。もうすぐ到着いたします」
俺は窓からちらりと外を確認すると慣れ親しんだヴァイワール伯爵領の領都が見えてきた。
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