第8話:状況

薄暗い応接にて3人の男が密会している。


「公爵様。どうぞこちらをお納めください」


 そう言って金羊商会のヤコブは俺にいくつかの商品を渡してきた。

 お主も悪よのぅ……山吹色のお菓子ということでは全くなく、ただ単に俺が伯爵家から送ってもらってるポケットマネーから買ってるだけだ。

 それを受け取ると、抱えてソファーの上に置く。


「助かるよヤコブ殿。ついでに最近領内の様子はどうかな?」


 ヤコブはお茶を一口飲み、斜め上を見ながら、思い出すように語る。


「そうですなぁ。最近は雰囲気も良くなったと思うのですが、治安の問題がやはり」

「それか……こっちでも兵を出しているのだが人手も足りぬし、少しずつやっていくしかない」


 元バルティア公爵家の騎士が主家を失い、野盗に身をやつしている。

 主家を失った騎士は、他の貴族家に仕えるか、剣を置き平民として生きるか。そして盗賊などに身を置くしかない。

 広大なバルティア公爵家では300人ほどでは如何ともしがたい問題だ。

 本拠地を守る必要もあるし、実際に外に動かせる兵は多くない。


 彼らもヴァイワール伯爵家から借りてる兵で、多くは税の代わりに兵役をこなしている農民兵で構成されている。装備も微妙だし練度も高くないので無暗に戦闘に使えないのが実情であった。


「また何かわかったら教えてくれ」

「えぇ。もちろんでございます」


 そう言ってヤコブはお辞儀をし、退出していった。


「伯爵様に支援を求めてはどうでしょうか?」


 そう提言してきたのは今回の会談で護衛を務めていたエーリッヒだった。

 エーリッヒは俺の右斜め後ろに控えていたが、少し前傾姿勢になりながらこちらの様子を窺ってくる。

 ヴェルナーと爺はこの前の戦で興奮したのか、数人を伴って残党狩りに出掛けて行った。


「う~ん。言えば助けれくれるかもしれないが」


 正直に言うとあんまり期待できない気がする。そもそもバルティア公爵領を本気で復興するつもりならもっと金を投資するはずだ。つまり父上は端から公爵領はどうでもいいと思っており、バルティア公爵家というブランド力だけを欲しているのではないかと思う。

 もしかしたら俺の領主としての力量を試されているのかもしれない。それ故の領地運営は好きにせよと言ったのではないだろうか?


 なかなか答えない俺にエーリッヒも支援を求める気がないのが伝わったのだろう。

 エーリッヒも半ば諦めたような雰囲気を醸し出す。


「……気長にやるほかありませんね」


 俺は頷きながら机に突っ伏す。

 机のひんやりとした触感が肌に突き刺さる。


「あぁ金があれば傭兵でも雇って解決するんだがなぁ。どっかから金でも降ってこないかな?」

「そんな都合のいい話あるわけありません……それにしても先ほど受け取っていたものはなんですか?」


 おや? 山吹色のお菓子だと思ってるのかな?


「これ? ただの食材だよ。ちょうどいいしエーリッヒにも手伝ってもらおうかな」

「……料理は得意じゃありませんが?」


 俺は笑みを浮かべてエーリッヒを連れて厨房へと向かう。

 煉瓦造りの厨房は、うちの実情に比べてはるかに大きな広さを誇っている。まぁ元々多くの使用人や貴族や騎士などに大量の食事を提供する場だ。それ故広いのだが、使用人も騎士も少ないうちではあまりに閑散としているんだけどね。


 俺はヤコブから受け取った食材を包装から取りだし、厨房にいる数少ない職人に必要な道具の準備を依頼する。

 道具や食材の下準備が終えて、エーリッヒに向き直る。


「さぁ。エーリッヒの出番だよ」


 程なくして、エーリッヒは悔しそうな顔をしていた。


「……魔法をこんなことに使わされるとは思っていませんでした」


 エーリッヒは魔法を駆使してミルクのアイスクリームを作っていた。

 エーリッヒはうちの家臣の中でも数少ない魔法の使い手だ。兄上に遠く及ばないものの、それなりに魔法使えるだけでも希少で便利だ。


 完成したアイスクリームを器の上に盛り付ける。

 俺はスプーンで少し掬って、エーリッヒの口元に運ぶ。


「まぁまぁ。エーリッヒも食べてみなよ」


 そう言ってエーリッヒは渋々口を開き、アイスクリームを一口頬張る。

 普段クールな表情をしている彼が一瞬驚いた表情を浮かべたのを俺は見逃さなかった。


「どう? おいしい?」

「……えぇ。悔しいですがとっても」


 俺は難敵のボスをクリアしたような興奮が沸き起こる。このエーリッヒはなんでもそつなくこなし、俺より貴族っぽくてロボットのように優秀だ。だからこそエーリッヒの表情を崩せたのはかなり嬉しかったりする。俺もアイスを頬張りながらアイデアが閃く。


「これ売れば金になりそうじゃないか?」

「無理ですよ」


 俺の提案はばっさりと切って捨てられた。

 えー。って不満そうに見つめると、エーリッヒはため息を吐きながら説明してくれた。


「そもそもこれを作るには魔法使いで氷魔法が使えるほど熟達していないといけません。人材を確保すること自体が難しいですし、作ったところでどうやって保管するのかという問題もあります。材料自体も簡単ですし、すぐに模倣品も作られそうですね」

 

 俺は顎に手を当て納得する。

 あぁ~そっか。確かに。冷蔵庫なんてないしな。

 金儲けはまた今度いい案が思い浮かぶのを待つしかないか。


「……のこりはどうされるので? あまり長いこと置いておくと溶けてしまうかと」


 エーリッヒがアイスを物欲しそうにチラチラ見つめていた。

 このクールイケメンが実は甘党だったのか。エーリッヒの新たな一面を知れたな。


「残念。これは、もう誰にあげるか決めてるんだ」


 俺は近くにいた厨房の職人を呼び止める。


「これをレイラ嬢に差し上げてくれ」


 そう言って職人に手渡すと職人は畏まりましたとお辞儀し、持って行った。


「お優しいですね」

「そうか? 異性の心をつかむなら胃袋を掴めというじゃないか」

「それは女性が男性に使うときの言葉ですよ」


 はは確かに。まぁでも喜んでくれるといいな。

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