第45話

 翌朝の教室で、心愛はちょっと機嫌が悪かった。


「むぅ……」

「ど、どうしたんだよ心愛? 俺、何かしたか?」


 エリジオン学園は自由席で、心愛は俺の右隣に座ってくれたけど、ずっとこの調子だ。


 威嚇をするリスみたいに可愛い顔で、ちらちらとこっちを睨み上げてくる。

 俺の左隣に座った心愛が、ちょんちょんと俺の脇腹を指で突いてくる。


「昨日、アサトシが帰ったあと、銀さんがあのこと喋っちゃったみたいなの」

「あのことって?」

「だからほら、アサトシが恋春のシャワーに突撃して公然猥褻を働いた」

「解釈に悪意があるぞッ」


 俺が抗議すると、心愛が鋭く喉を鳴らした。


「そんなに、恋春のシャワーが……見たかったの?」


 怒りだけでなく、どこかいじけたような、含みのある声音。

 心愛の気持ちはわかる。


 長年苦楽を共にした、そして自分の裸どころか、口では言えないような場所までご開帳してしまった幼馴染が女子のシャワーを覗き見るド変態にジョブチェンジしていたらショックだろう。


「ちが、あれは恋春が何かおもいつめていそうだったから何かあったのかと追いかけたらたまたま」

「思いつめていたって、何に?」

「それは……」


 恋春がパイロットを辞めたがっている、というのは彼女の秘密だ。

 それを、俺の名誉の為に暴露するなどあってはならない。

 背後では萌花が、


「ほらアサトシ、何か言わないと疑われちゃうよ、頑張って」


 とエールを送って来るが、口下手は俺にはうまい言い訳など望むべくもなかった。


「言えないんだ……」

「うぐ、と、とにかくあれは事故でだなぁ」

「よかったね、事故でいろんな女の子の裸を見られて」


 心愛はリスのようにほおを膨らませて、そっぽを向いてしまった。

 心愛の可愛い七変化を見られるのは嬉しいけれど、これは非常にまずい。


 萌花も、背後から俺の脇腹を執拗に小突いてくる。まったく同じ場所を的確に衝いてくるので、だんだん辛くなってきた。


 俺が情けなくも独り孤独に懊悩していると、不意にそっぽを向いていた心愛が、しょんぼりとこちらを振り返ってきた。


「ごめん、あさとし……つきしろ、いまいじわるしたよね……」

「え?」


「わかってる。あさとしが女の子のシャワーを覗くような人じゃないって。それに、恋春の悩みを、つきしろにしゃべっちゃうようなこともしないって。なのに、あさとしにひどい態度しちゃった。だから、ごめんね……」


 まるで、俺に顔向けできないとでも言わんばかりに、心愛はかたくなにうつむきながら、それでも控えめな視線で俺の顔色をうかがってきた。


 ――何この可愛い生き物。胸にクるものがあるですけど。グッと。


「あの、ね、あさとし……」


 おずおずとためらいがちに、心愛は俺を見上げながら、そっと顔を寄せてきた。

 大きな青い瞳に俺を映し込みながら、彼女は頬を赤く染めた。


「あさとしが男の子なのも、男の子がえっちなの好きなのも、知っているよ……それでもね……あんまり……」


 心愛は、哀願するように声音で言ってきた。



「女の子のはだかばかり見ちゃだめだよ」

「ッッ」


 胸どころか下半身にまでグッと来た。この事実は墓場まで持っていこう。


「日葵姉とか、わたしと萌花は家族みたいなものだけど、恋春は完全に他人なんだから、そのへん、ちゃんと理解しなきゃだめだよ」

「う、うん」


 ――アメリナの裸を見たことも墓場まで持っていこう。


 そして、背後から萌花がわきばらを優しくなでさすり始めると、俺の視界に新着ニュースのワイプが流れてきた。

 それはデバイスをしている人は全員共通で、教室の喧騒が少し落ち着いた。


「昨日の銀河帝国の、被害者人数か。今回も少なく済んだな」

「舞花たちが頑張ってくれたからだね」


 と、心愛は舞花姉妹の健闘を称えた。

 けれど、恋春はそうは思わない。

 恋春は、このわずかな犠牲者を悼み、責任を感じてしまう。


 人の気持ちは理屈じゃない。

 彼女が責任を感じる以上、それが舞花恋春という少女の感性であり、想いなのだ。

 それを、責任を感じるのはおかしいとか否定はできない。


 もったいない。


 恋春のように尊い心と才能を併せ持った人が苦しむのは、なんか嫌だった。

 どうにかして助けてあげたいも、俺にはどうすることもできなくて歯がゆかった。

 すると、まるで俺を現実に引き戻すようにしてサイレンが鳴った。


   ◆


「二日続けてかよ」

「ほんと、襲撃のスケジュールとか教えて欲しいよねお姉ちゃん」

「それは無理じゃないかな?」


 俺、萌花、呆れ顔の心愛は、日葵姉の誘導でクラスメイトと一緒に地下へ避難し始めた。


 他の教室からも続々生徒が出てきて、迅速に階段を下りて行った。

 そこはエリジオン生。

 全員が人類の脅威と戦う戦士でありプロフェッショナルだ。

 鍛えられた運動神経はずば抜けている。

 そうして全員、地下の避難所へ辿り着くと、あとは昨日と同じ光景だった。


 壁一面の巨大スクリーンに帝都の様子を映し出され、男子たちがギュノスの登場を今か今かと待っていた。


 エリジオンの地面が割れてギュノスたちが登場すると、男子達は歓声を上げた。

 まるで、アニメ映画を見に来た男子初学生だ。


 ――ん?


 けれど、心愛たちと一緒に円卓からスクリーンを眺めていた俺は、違和感に気づいた。


「舞花たちの機体、なくないか?」

「あ、ほんとだ」

「舞花たちのって、ピンク色のだよね?」


 心愛と萌花も、首を伸ばしてスクリーンを見やった。


「う~ん、単純に今日は出ないんじゃない。いつも全機出動ってわけじゃないし」

「そうなのか?」


 萌花は頷いた。


「だって敵の罠にかかって一網打尽にされたら困るし、あとは機体が整備中ってこともあるみたい」

「あ~、そういえば舞花たち、昨日コックピット近くまで刺されていたよな」


 なら仕方ないかと俺が納得すると、日葵姉が慌てて駆けてきた。


「弟君! すぐに来て!」

「え?」

「恋春ちゃんが見つからないの!」

「えぇ!?」


   ◆


 舞花恋春は、一人寮の自室に閉じこもっていた。

 ベッドに潜り、枕に顔をうずめても、震えが止まらない。


 逃げてしまった。


 だけど、今回ばかりはどうにもならなかった。

 原因は、直前に目にしてしまった被害者数のニュースだ。


 昨日の戦いでこれだけの人が死んだのかと、自分がもっとうまくやっていればこの人たちは死なずに済んだのか。


 逃げ出したい気持ちと、恋夏の足を引っ張りたくない想いと、何故か朝俊から言われた離れてみればいいという言葉が結びついて、ボイコットしてしまった。


 最低だ。最悪だ。

 恋夏の邪魔をしてしまった。

 きっと恋夏の成績にも信頼にも響く。


 エリジオンの生徒が恐怖で敵前逃亡。

 世間のいい笑いものだ。


 けれど、外の騒音が気になり、恋春はMR画面でニュース映像を開いた。

 そして、そこに映る自身の機体に目を奪われた。


「そんなっ! なんで!? だってわたしはここに……」


 ふとんから飛び起きて、目を凝らして画面を見つめるも、そこに立っていたのは、やはり自分と恋夏の乗るギュノスそのものだった。

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アニメ君は冥土様の7話にヒロインが水着になるシーンがあります。谷間がエロいです。

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