第3話 大丈夫だから。

 マガミは自宅へと帰ると、そこには庭でひざまずくヴィークを見上げるイチカの姿があった。


 マガミはイチカへ近づくと、彼女へ声を掛ける。


「おい、イチカ。どうしたんだよ。」

「……いや、暫くの間ヴィークのコクピットにも乗れないと思うと、淋しくてな。」

「……そっか、そうなるのか。」


 街へ行けば、もう村にもどるのは簡単なことではなくなる。長期休暇のごく限られた期間しか一緒にいられなくなるだろう。


 今までは、ほぼ毎日のように押しかけてきたのだから尚更だ……。


すると、イチカはマガミの方を見るとその手をそっと握ってくる。マガミもとっさに目を見開いて言葉を紡ぐ。


「おまっ……!」

「……マガミ、正直私は不安でしょうがないんだ。外の……街で上手くやっていけるかどうか。」

「……」


 ……まぁそうだろう。今までの見知った場所とは違う、全く未知の場所へと向かうんだ。不安に思うのも当然だ。


 イチカも威風堂々とした態度を何時も取っているが、年頃の娘なのは変わらない。不安に思うこともあるのは当然だ。


 マガミは、なんと答えようか……考える前に言葉は紡がれていた。


「……俺さ。正直イチカの事はすごい奴って思ってるんだ。」

「私が……か?」


 そうだ。それは紛れもない心からの言葉……本心だ。


「イチカは、確かな夢を持って街へ繰り出そうとしている……さらに前に進もうとしてる。俺には、そんな真似できなかった。臆病風に吹かれて、結局村に残ることを選んだんだ。」

「マガミ……それは」


 それは違うと言う前に、マガミは首を横に振るった。そうだ……マガミは端的に言えば、村の外に出るのが怖いと思ってしまった。


 だからカルラの援助を断ってまでこの村に住むことを決めたのだ。簡単に言えば、イチカが、さらに先へ進む前進を決めたのなら、マガミは現状維持を選んだのだ。


 マガミにとっては、前進を選んだイチカがとても輝いて見えた……選択に後悔はないが、それとこれとは話が別だ。


 マガミは、イチカを真の意味で憧れの目を向けていた。イチカはそれに気づいてはくれなかったが……ここでぶちまける機会ができたのはいいことだ。


「私は……そんな大したものじゃない。」

「凄いんだよ、お前は。」

「……そう、なのか?」

「そうだよ。」


 マガミは兎に角思いの丈を打ち明ける。


「だから、お前は街に出たらきっと大成する。HF乗りとしても、そうじゃなくても、絶対だ。向上心のあるやつは……前進するやつは絶対にだ。」 


 前進する者は強い。それは、ウォーレス家に伝わる家訓の一つだ……いつの時代も、最後には前進した者が先の景色を見えるのだ。


 イチカは自然とマガミを掴む手に力が入る。そうは言われても、まど不安だ。それは、マガミだって流石にわかる。


「……ま、思う存分怖がろうぜ。怖がれるのも強い奴の証だ。」

「もう何しても凄い奴じゃないか……」

「そうだぜ?人間、生きるだけで偉いってのはあながち間違いじゃねぇのかもな。」


そう言ってマガミは微笑む。イチカはそんなマガミをみて少し顔が赤くなるのを感じた。


 何時もそうだ。この幼馴染は、何時だってイチカの心を整えてくれる。


 まわりの大人は、イチカをやんちゃで熱い子、マガミを静かで冷静な子として見ているが、実際にはまるで違う。


 父親譲りの誰よりも熱い心を持っているのがマガミ・ウォーレスと言う少年なのだ。逆に人より臆病なのをその態度で誤魔化しているのがイチカ・バーバラヤンと言う少女でもある。


 いつだって、真っ先に手を引いて走り出すのはこのマガミ・ウォーレスという男なのだ。


 今宵もまた、マガミはイチカの手を引く。


「ほら、イチカ。祭りの主役がいねぇんじゃ盛り上がるもんも盛り上がんねぇ。行こうぜ!」

「……マガミ……あぁ!そうだな!」


 マガミはイチカの手をぎゅっと握りしめて、その手を引いてまつりの会場へ急ぐのだった。


 その様子をヴィークは動きはしなかったが、見守るように2人を見下ろしていた。




 二人が走って祭りの会場へ戻り、人の目につくところへ行けば、勘ぐりを入れたがる青春不足の男やジジババがマガミ達へ声をかけてくる。


「おっ!イチカが来たぞ!?」

「マガミと手ぇ繋いでやがる!」

「マガミィ!お前はやると思ってたぜ!」

「何がだよ馬鹿野郎!?」

「マガミ、手を離さないでくれ繋いだままで頼む!」

「お前が話すとさらにややこしくなるから喋んな!」


マガミはぜぇはぁと息をつきながら次々と来る余計な勘ぐりに答えていく。まるで迫りくる敵兵を退けるようにだ


 マガミとしては、イチカとの間に変な噂が立つことは避けたい。他でもないイチカの為だ。


 イチカにはもっと相応しい人がいるはず……その思いは、幼い頃から変わったことはない。


 その様子を少し離れた所からカルムは見ていた。まるで娘の時間を邪魔しないようにと気を使うように。


「イチカ、いいから出店、見に行こうぜ。」

「あ、あぁ!」


 イチカは、マガミの声の元茶化す連中から逃げて様ざまな出店を巡ることにするのだった。





「ほら、喰えよイチカ。」

「ん〜美味しい!」


 ある店の料理に舌鼓を打ったり。


「ほいよっ!」

「なっ!?マガミまた当たったのか!?」

「……自分でもびっくりな。射的、才能あるかもな。」

「……剣なら負けんぞ!?」

「何の張り合い!?」


 ある店で射的をやって、ちょっとした闘争心を植え付けてみたり。


「イチカ。」

「どうした、マガミ?」

「忘れないでくれよな、この村のこと。」

「……忘れるもんか。」


二人はそんな会話を交わしながら、二人で微笑み合う。


 それは何時もと同じ、だけど少し違う幸せな日々。きっと、これから無くしてしまう日々。


 だけど、いつの日にかまた訪れる、笑い合える日々だ。
















 だが、そんな日々や時間はいとも簡単に崩れ去っていく。


「GYAAAAAAAAAS!」


 金属質な雄叫びと共に、村の外れに液状の金属が現れた。まるで地面から湧き出る様に。


 その金属質はみるみる内に巨大な甲虫の姿を形作ると、再び雄叫びを上げる。すると、その金属質の甲虫から、同じ金属で出来た羽虫の様な生命体が現れる。


 その金属生命体の名はメルフ。人類を、世界を荒廃させている元凶だ。


 ……そのメルフが現れた瞬間、屋敷の庭に置かれたヒューマン・フレーム。ヴィークの瞳が輝き出す。


 コクピットからは【MLF Confirmation】と文字が液晶に映される……すると次に映されるのは【螺旋式反射粒子駆動装置 起動】と長ったらしい文字が浮かび上がる。


 すると、ヴィークの頭部の中。誰も確認することのできないその中にある螺旋状のコアが回転を始め、反射粒子を生産し始める。


 それを示すように、ヴィークの全身には暖かな光が灯っていくのだった。




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