第1話 マガミの夜
その日もある程度の仕事や農家の手伝いを終えて、村でもそれなりの大きさのある屋敷に白いHF……ヴィークとパイロットであるマガミ・ウォーレスが帰還した。
マガミはヴィークを跪かせるとコクピットから降りて、農家のハゼからもらった野菜を持って、首を鳴らしながら屋敷へと向かう。
すると、屋敷の表に一人の少女が座りながら待っていた。褐色黒髪のポニーテールの少女がマガミを出迎える様に立ちはだかる。
「待っていたぞ、マガミ!」
「俺は待ってない。と言うか、イチカ。玄関には鍵かけておいたはずなんだが?」
「そんな物……塀を乗り越えたに決まっている」
「このっ……身体能力お化けめ……っ!」
その褐色の少女の名前はイチカ・バーバラヤン。この村一番の体力自慢の娘だ。
といっても、この村は小さな村で、高齢化も進みに進んでおり、若者らしい若者もマガミとイチカ位しかいないのだが。
そんな事情もあって、年頃も近い2人は所謂幼馴染という関係性を構築している。まぁ、腐れ縁じみた物もあるのだが。
「んで?なにしに来たんだよ。」
「勿論、今日こそ君のヴィークを動かすために来た!」
「またか!?飽きねぇなお前も。昨日来たばっかなのに。」
イチカは、よくこうやってヴィークに乗り込みに来るのだ。何故か……?その理由は直ぐに分かる。
「まぁ良いけどよ。一応父さんの形見なんだ。壊すなよ。」
「流石に分かっているぞ!?そこまで力任せの女じゃないからな私は!」
そう言って、イチカもまた慣れた手つきでヴィークのコクピットまで移動して、そのコクピットに座る。
座り心地はお世辞にもよくはない。コントロールシステムや液晶も古いタイプの物だ。
ハッチが降りて、イチカは操縦桿を握りしめる。すると、液晶に光が宿り先程まで暗がりだったコクピットが照らされる。
……だが、次の瞬間、液晶には【ERROR】の文字が現れる。
「くっ!?またか!?」
イチカは悔しそうに呟いて、操縦桿を動かしてみるが……反応はない。次の瞬間、液晶の明かりは閉じて、自動的にハッチが開く。
まるで、出ろと催促しているかのようだ。イチカは、背もたれに体をあずけると、言葉を漏らす。
「くそう!また駄目だ!」
「そうかぁ……」
マガミは肩を窄めて呟く。マガミとしては、このヴィークと出会ってから毎日のように繰り返される事柄だ。
このヴィークは、ある日父親がマガミの為にと持って帰ってきた代物だ。
マガミの父親、ゴウ・ウォーレスの仕事はトレジャーハンター。各地の遺跡からオーパーツを入手して売りさばく仕事だ。
母もトレジャーハンターだったと聞かされているが、マガミの母は彼が生まれてすぐになっている。
遺跡には侵入者撃退用の仕掛けや、メルフが生息しておりお世辞にも安全な仕事とは言えず、稼ぎも日によってマチマチな……言ってしまえば微妙な仕事だった。
そんな仕事に熱中する父を恥ずかしいともマガミは思っていた時期もあったが、今はもう昔の話。亡くなってからは、彼の人生が楽しそうで仕方がなかったと、すこし羨んでしまう始末だ。
もっとも、ゴウか拾ってくる物は、マガミからみればオーパーツと言われてもただのガラクタにしか見えず、このヴィークも特別な物でもない、少し古めの普通のHFの様に見えるのだが。
「くっ……もう一度だ!」
「勝手にやってろ……何がいいんだそんな普通のHF……あぁ、飯は」
「食べていく!」
「あぁ……はい。」
マガミは肩を窄めながら、屋敷へと戻っていく。ヴィークの方を少し振り向いて、それを操作しようと苦心するイチカを見る。
マガミはヴィークを普通の物と称したが、彼目線てもまぁたしかに妙な点もある。
このヴィークに初めて乗り込んだのは、当時若かったマガミなのだが、それ以降誰が乗ってもその操作を受け付けない……マガミ専用機となったのだ。
イチカがヴィークを動かそうと苦心するのは、マガミへの対抗心からくるものだろう……マガミに出来て私にできないはずはない!とかそう言う。
それはいいのだが……まいど突き合わされるヴィークは気の毒だ。こうしつこく来られては、気が滅入るだろうに。
まぁ、おそらくヴィークに乗りに来たのは口実で、十中八九マガミの飯を食いに来たことは察せられる。
あれでも普段は世話焼きのイチカだ。同年代のマガミが心配なのだろう。マガミとしても、一緒に飯を食う相手がいるのは悪い気はしない。むしろ、かなり好ましく思っている。
飯は騒ぎながら誰かと食うのが一番美味い。それは、マガミが父親から、そのまま父親から語り継がれてきた家訓のひとつなのだから。
……しかし、それももう少し出終わりだと思うと少しさみしくなる。
イチカは、もうすぐでこのクラフ村を去るのだ。もっと発展した街へ行き、そこの学校でHF乗りとしての訓練を受ける学生となる。
マガミとしては、ずっと同じ村で育った幼馴染だ。そんな彼女と別れることになるのは胸が痛いが……彼女がそれを望んでいるのならば、マガミは止める理由などとこにも存在しない。
ならば、マガミはどうするのか?
「俺は……どうしようかねぇ。」
マガミは料理を作る最中、ぼーっとしながら静かに呟く。マガミ自身、夢なんてない。
この村で年老いるまでヴィークを使って、のんびりとしたスローライフを送るのも悪くないと思っている。
夢の無い夢だが、下手に夢やロマンを追いかけて死んだ父や母の様になるのもどうかと思う。無論、否定するわけじゃ無い……だけど、その生き方がマガミにあっているかと言われれば首を傾げる他なかった。
「……まぁ、良いか。それよりも飯だ。」
マガミは鍋に浮かぶ野菜たちを見ながら、今日の夕食のポトフを作ろうと、鍋を回しかき混ぜるのだった。
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