第6話 うつ病ともう一人の私。

もう一人の自分と絵を通して語り合う、Tさんの話を紹介する。


Tさんは社会人になって、会社に行き出して・・・仕事での人間関係で、うつ病に。

趣味の絵も描けなくなってしまったというTさん。


描こうとすると、心がモヤモヤして、頭が真っ白になるとTさんは言っていた。


Tさんはあるユーチューバーに相談していた。モヤモヤをそのまま、自分のために

描くといい。泣きたい顔を。自分の代弁者として泣いてもらえばいい。と、アドバイスを受けていた。


Tさんはモヤモヤを煙として描いてみた。煙の中に目を描きたくなった。

目も描いた。何故か二つ描いた。怒っている目と怯えている目。


怒っているのは、憎いあいつの目だった。


怯えている目は鏡で偶然見てしまった自分の目だった。


そこから怒っている目を赤で塗り潰した。


すると少しスッキリしたのか、笑っている顔を描けた。


椅子に座って考え事をしている自画像も描けた。


ちょっとずつ。


少しずつ。


世界が戻ってきた。


次はボク自身の体験だ。


うつ病は確かに辛い。閉じ込めた「負の感情」が表に出ようとするのが、ホントに辛い。他人を殺そうと、相手の絶望を見ようと・・・。


ますます自分が嫌いになり、いよいよ「死ぬ」ことが最善に見え始める。


二十歳の時、何もかも上手く行ってなかった。正直、自分が想像したモノを何も手にいれる事ができていなかった。と、感じていた。


どうして生きているんだろう。格闘ゲームでEASYモードで勝ち上がって、相手の破壊と絶望が。嫌だ。こんな自分はもう嫌だ。そう、当時の自分は感じていた。


死のうとして・・・非常階段を上り、マンションの十階まで上がろうとした。

あとは飛び降りるだけ。そう決意して。


その日は雨だった。土砂降りの雨。


そう、空は黒い雲で覆われていた。


死ぬにはちょうどいい。死体も発見されづらいだろう。


そう思いながら、ゆっくり登ったのだ。

それなのに。


十階まで上がった時。


雲は晴れ渡り、大きな満月を見る事ができた。


腕時計は二十二時五十分。


それはほんの十分だけ起きた奇跡だった。


望んで見れたわけでは無いが。


だから余計に。


奇跡だと理解できた。


「もう少し生きてみよう」


「グシャグシャの自分と一緒に生きていこう」


二十三時、降り出した雨を体に受けながら・・・世界に愛されていると、自覚できた。


世界に愛されている・・・見えない大きな何かに・・・


自分という存在が導かれている、という驚くべき奇跡。


導き。


この時から見えないはずの光の道が少しずつ。


見え始めた。


それは良くも悪くも。


もう一人の私との出遭いを加速させた。


そしてもう一人の私もまた。


大きい何かに導かれている。


どうか、あなたも大きい何かに、巡り合って欲しい。


目には見えない。しかし確かに大きい何か、大いなる何かは


働きかけてくれている。

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