ユキ3
「ま、そんなに気を落とさないでよ。人間になったユキに会える日まで旅をすればいいじゃん……あ、ちょっと待って」
今は誰のどんな言葉も聞きたくなかった。つっけんどんな言い方で「何?」と言う。
「記憶の中のあなた、すっごく好かれてたよ」
……だからなんだというのだ。なんだというのだ、ああ! ユキはもういない! どこにもいない。さっきまでは、すぐ隣にいたというのに……。
耐えられずうずくまって泣く私の背を、人魚は優しく撫でてくれた。
人魚の言葉で言うと、私は失恋したらしい。失恋仲間だ、と彼女は微笑む。どこか寂しげな笑みだった。
私は新たな夢を持った。もう私をユメと呼んでくれる人はいない。いつか記憶をなくしたユキを見つけて、自己紹介して、私はユメですと名乗ろう。そしてユキと呼んでやる。記憶が無かろうと構わず自己紹介してやる。不審に思うだろうがそれで構わない、そこからまた良い関係を作っていきたい。一緒にいた期間は短いが、私達ならそれが作れるだろうと思った。
ユキの夢を見つけたら、そこに定住してしまおうか……移動する意味も目的も失いつつある。ユキの夢までたどり着くまでにたくさんの経験を積もう。かつてのユキが持っていた以上のすごい知識や経験を積んで、彼以上に冷静沈着な。私はそんな女になってやる。
ユキのおかげで私のアイデンティティは増えた。私は女だ。彼が男だから。
また会えた時、意識してもらえるように。胸も大きい方がいいな……いけない、隣にたわわな人魚がいる。太刀打ちできない。
「そんなに落ち込まないでよー、ユメちゃん。私が悪いことしたみたい」
「落ち込んでるんじゃないんだ。決意をみなぎらせているんだ」
ユキの記憶を持つ人魚は、やけに私に優しくなった。夢から抜け出そうとしても止められる。美味しい海中クッキーはどう? 大王グソクムシのソテーは? と、やたら食いしん坊だと思われているらしく食べ物で釣られて長々滞在している。
「ユキは私のことどう思ってた?」
この質問ももう何度目だろう。
「好きだったよ。いつもキラキラして見えた、今も」
人魚は飽きもせず毎回同じ答えを返してくれる。このままいけば、気の合う友達になれるかもしれない。でも夢から出ればそれまでだ。同じ夢にはめったにたどり着けない。
特別だったのはやはり一人だけ。ユキに会いたい。
「私、そろそろ行くね」
「ウミガメのスープはいかが?」
「……飲んでから行く。でも、なんでそんなに私を引き留めるの?」
「ユキの記憶が、私の中にあるから……。ユメと離れがたいんだよ」
記憶とは感情を作る一部分である。
ユキの一部がここに残っている。それは私にとっても離れがたい事実だ。そして、そんなに想ってくれてるならなぜ離れてしまったの、ユキ。
私は人魚から沢山のお土産をもらい、一人旅に出た。ユキには会えばわかるはず。もう影ではない、人の肌を持っていたとしても、私ならばわかるはず。……本当にわかるかなぁ?
私は初めて雪山でユキに会った時のことを思い出した。暖かな暖炉で沢山の旅の思い出を語ってくれた。私も旅に出てみたくて、勢い余って一人で何も告げずに出てきてしまった。本当はあの時、一緒に旅をできたはずなのに……私が一人で勝手に突っ走ったんだ。
今度、ユキの夢に出会ったら、雪山で出会ったところから話してあげよう。
私は人間のユキの夢に現れるまで旅をする。人魚のいる海底にも、噴火寸前のマグマがある火山口にも、狭い棺桶の中でも、私は旅をし続ける。いつかあなたに出会うまで。
夢のあなたへ 日暮マルタ @higurecosmos
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