ユキ1

 私はユキと一緒に新たな夢へと旅立った。

 隣を歩いているだけで幸福だ。こんな気持ちは初めてだ。もう私は一人ではないのだ。同じ存在がいてくれる。なんて心強く、暖かで、浮足立つ事実だろう。

 眩しい光に向かって歩くと、太陽が沈む水平線が見えた。波打ち際、浜辺に着く。海だ!

「海を見るのは初めて?」

 雪が私に聞く。

「見たことはあるよ。入ったことはない」

「じゃあ、入ろう?」

 ユキは影絵みたいな体だから、表情が全く分からない。声色で判断するしかないのだけれど、優しく笑っている気がする。

 昔雑誌で読んだ水着に着替えた。チョコミントカラーの。私は自分の性別がわからないのだが、ユキが男性みたいだから女性用水着にした。フリルも好きだ。服の好みだけでいうと、私は女性寄りなのかもしれない。

「おー可愛い」

 ユキに褒められて、えっへんという気持ちと隠れたい気持ちとが両方やってきた。どっちなんだ。自分でも自分の変化に戸惑いを隠しきれない。ユキといるとなんだかいつもの自分でいられない。

 ユキも水着を着た。青いシンプルなサーフパンツだった。シンプルすぎてつまらない。心の中でこっそりと、赤白ボーダーの囚人服風パンツを履かせてみた。似合わないけど、面白い。

 早速海に入る。入ってから気付いたが、たくさんの魚影が見える。得体が知れなくて、少し怖い。

 泳ぎ方もわからない。水着で水に入るなんて初めての経験だ。

「ユキ、私水怖いかもしれない」

「顔つけるところから練習しようね」

 ユキは楽しそうに私の手を引いて足のつかない方へ連れていく。待て待て、怖いって言ってるだろ!

 勝手に泳いでいるけど、夢の主はどこにいるのだろう? 砂浜には他に生き物の気配はしないし、海の中で泳いでいるのだろうか。疲れたら上がってくるだろう。その時に声をかけてみようと思った。


 スパルタなユキの指導で、なんとか沈まずに泳ぐ方法を会得した。と、その時、足にびりっと激痛が走る。

「痛い!」

 驚いて暴れたら足を攣った。踏んだり蹴ったりだ。

「多分、クラゲだろうね」

 陸まで支えてくれたユキが言う。ユキはいつでも冷静だ。思わず頼ってしまう。介抱してくれるけど痛くてずっと声が出ていた。うめき声というか。

「大丈夫?」

 急にユキじゃない声がした。海から上半身を出した女性だ。ウェーブした長い髪の、かなりの美人である。見た途端すぐわかった、この夢の主だ。今まで勝手に遊んでいたけど、挨拶するべきだろう。

 その前にまず、その女性が浸かってる辺りは先程私がクラゲに刺された位置じゃないか。注意喚起しなければ。

「その辺クラゲいるから気を付けて!」

 女性はケラケラと笑って、「大丈夫だよー」と手を振っている。

 夢の主だから大丈夫だったりするのかな。そうかも。

「クラゲに刺されたの? お気の毒だねー」

 指をさして笑ってくるから私の機嫌は少し悪くなった。まだ痛いけど、悔しくて痛くないようなふりをする。でも、悪い人ではないようで、冷やすといいよとアドバイスをもらった。

「ねえ、よければ陸で話そうよ」

 ユキが気さくに彼女に声をかけると、彼女も朗らかな笑顔を見せた。

「いいよ!」

 ザバァと陸に上がってきたのは、なんと人魚! 青緑の鱗が日の光を浴びて輝く。綺麗。砂浜に大きな尾びれを乗せてくつろいでいる。尾びれが美しく光を反射する。

 私より胸もでかい。立派なお胸は大きな貝殻で隠されている。男が好きそうな女性だ。いや、ただの想像だけど。思わず横のユキの様子をうかがったが、そうだった! 表情がさっぱりわからないんだった。

「人魚なんだね! 綺麗だね」

 私は賞賛した。ありがとう、と彼女は快活に笑った。

「答えにくかったらいいんだけど、人魚って魚を食べるの? 共食いにならない?」

 と気軽に聞きにくい質問をしてみた。彼女は気分を害した様子もなく、あっけらかんと「食べるよ」と答える。人間だってお肉食べるんだから同じ。魚類か哺乳類かの違いだけ。

 ユキは、ぐいぐい質問していく野次馬のような私を少したしなめた。でも、この人も私に負けず劣らず厚顔無恥だ。少し失礼な言動もするタイプと見た。

「二人はカップルなの? お似合い!」

「か、カップルじゃないよっ」

 動揺した。でも間違われてダカタの時のような不快感はない。ただただ気恥ずかしい。

「えー違うのー? 私はねぇ、大好きな恋人が陸にいたんだぁ」

 人魚の彼女は夢見る乙女の顔をして、眠りに落ちるように瞼を閉じる。そのまま姿が消えて、現実に帰っていく。

「なんだか天真爛漫って感じの人だね」

 ユキが苦笑する。途中から彼女のテンションについていけなくなっていたようだ。苦手なタイプなのかもしれない。

 暮れていく夕陽を砂辺に座って二人で眺めた。赤い太陽はどんどん小さくなっていき、オレンジの光だけが残る。そこに紫の空が追いかけていって、大小様々な宝石箱みたいな空が残る。

 暗い空に、暗い色のヒビを見つけた。それは小さかったけど、なんだか濁って見える。水越しに見た海底のような景色だ。いや、魚が泳いでいる。

 水越しに見た海底、まさにそのままなのかもしれない。あの人は海女さんなのか? と思ったが、魚と並んで仲良く泳ぐ彼女の姿が映ると、それは人魚のままだった。

 夢と同じ。まさか本当にあの人現実でも人魚なのか。

 そうとしか考えられない。実際、現実が見えるあのヒビから人魚姿で泳ぐ彼女の姿が見えているのだ。あれは夢の世界じゃない。人魚って実在したんだな、と人ならざる私が思う。

 こういうパターンは初めてだ!

「すごい! 人魚って本当にいたんだね!」

「そんなに興奮しなくても。人魚さんならたまにいるよ。僕は前にも会ったことがある」

 現実の人魚は、暗い夜の海から陸を眺めていた。恋人だったという人を想っているのだろうか。

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