タルハ2

 世界の輪郭がはっきりしてくる……。回転木馬は少し錆が浮いている。綿飴のベタベタが深刻に私の獣足に絡み付いてくる。ユキも足元を気にしていたが、お尻をつけて座った。お尻がベトベトになるぞ!

 周囲には他にもコーヒーカップ、ジェットコースター、リコーダー、ランドセル、テレビゲームなどが雑然と置かれていた。楽しいものばかりだぁ……。

 ユキが座って見ている方向には、ヒビが入っていて現実が見えた。急いで支度して学校に登校し、ランドセルを開く。

 何かを探しているようだ。必死そうな顔をしている。しかし目当てのものは無かったらしい。愕然とした彼は、心の中である夢の世界に嘆きの声を響かせた。

「検尿を忘れた……」

 彼が落ち込むと同時に、夢の世界を雷雨が襲った。何度も光る空とバケツをひっくり返したかのような雨と轟音。これにはたまらず逃げ回る。ユキも慌てて走り出し、私はその後を追いかけて、ジェットコースターの下に安全地帯を見つけた。

 雨風を凌げる。ゴロゴロぴしゃーんとものすごい音がして少し耳を覆いたいが猫の手では難しい。

 なぜ……なぜ検尿を忘れたくらいでこんなにも落ち込むのか……。タルハはトボトボと教室の黒板にある忘れ物報告欄に向かっていった。そして書く。

「たかが検尿でこの雷雨……」

「子供は世界が狭いからね」

 ユキが言った。妙に達観した物言いをする猫だ。

 雨に濡れた体をどうしようか考えた。猫らしく毛繕いとかしたら、口に毛が入りそうだ。私は猫ではない。自然に乾くのを待つ。……ユキもしていない。

「毛繕いしないの?」

「しようか?」

 ユキは肩の辺りを一回だけペロリと舐めた。

「毛が口に……」

「あ、やっぱり? そうなんだ」

 猫らしくない猫だなぁ。タルハの学校の猫なのかなぁ。表情は黒く塗り潰されて見えない。あの人もそうだった気がする。まさかね。


「検尿を忘れた……よりにもよって今日だったなんて……好きな子に知られちゃったよ……」

 タルハが夢の中へ帰ってきた。その頃には嵐は収まり、顔のついた太陽が見えた。困り顔の太陽だ。頬が膨らんでいる。

「落ち着いて、たかが忘れ物だよ。大丈夫だよタルハ」

「だってユメ、検尿だよ。恥ずかしいよ。再提出になるし、もう最悪」

 困り顔の太陽は追いやられて雲に隠れた。強風が私たちに襲いかかる。慰めようとしたがうまくいかない。子供にとっては小さなことでも大きなショックらしい。

 子供の世界は狭い。小学生の世界なんて、学校と家くらいなもので、まだ塾にも部活にもバイトにも居場所がない。その中で一所懸命にコミュニティを形成して、頑張っているのだ。そのショックを理解するところまではいかなくても、想像するくらいはできる。彼は大きなショックを受けた。

「こういう時はね」

 ユキが口を挟んだ。猫の手で指パッチンする。えっ今どうやった!? 確かに猫の手で指パッチンしていたが見えなかった。音だけが残る。

 そしてユキがそれをした矢先、ジャジャジャーンと軽快で派手な音がした。爆発音と共に登場したのは、五人のカラフルな人間たち。全員腰にベルトを巻いてヘルメットを被っている。なんとかレンジャーってやつだ。

「タルハ君、もう安心だ! 検尿戦隊、ジャージャージャー見参!」

 五人は揃いのポーズを決めた。

 名前のセンスが最低だ……誰が決めたんだ。私は頭痛がしてきた。タルハだろうな。発想が小学生男児だもの。

 私が呆気に取られている間、タルハは大喜びで大爆笑していた。手まで叩いている。もう一回、もう一回、とねだるたび、空が明るく晴れていく。綺麗な虹だ。

 ユキは一体何者なんだろう? 明らかに夢に介入していた。この夢の主はタルハのはずで、主は一度に二人も存在しない。ただのモブではない気がする。

「ユキ、一体君は……」

「場所を変えようか。僕も君と話したくてね」

 未だ爆笑しているタルハを置いて、二匹で少し歩いた。不思議な緊張感がある。

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