ヨシダ1
それにしても、イマイは本当にいい人だった。またあんな暖かな交流をしたい。旅の醍醐味だよなぁ。最後は寂しかったけど。
旅を楽しみたい……。そうしみじみと思いながら歩いていく。イマイがいなくなった暗い闇の中を歩く。歩き続ける。いつまでも……暗い闇から抜けられない。
おや? と思い始めた頃、段々と雑多な物が辺りに散乱するようになった。もしかして、既に次の夢に来ているのか。
道なき道を歩いていると、亀の甲羅のようなお布団が落ちていた。赤い和柄のお布団だ。ふっくらと膨らんでいるので、中身が何なのか確認しようと足で何度か蹴る。めくれた布団の中から、女の子が出てきた。酷く怯えた表情をしている。蹴ったからか? 歳の頃は十代後半に見える。鼻の下に印象的なほくろがある。
目が合った女の子はすごい勢いでガバッと起き上がり、立ち上がって走って逃げた。置いて行かれた私は突然逃げられて憮然とする。
雨が降ってきた。傘はない。いつの間にやら私はセーラー服に身を包んでいた。雨で服が肌に張り付いて、重い。
水がベタベタする、と思ったら牛乳になった。不快だ……どこからか笑い声がする。夢の主ではない声だと直感した。悲鳴も聞こえるので、そっちに向かう。はやくもこの夢うんざりしてきた。悪夢だな。
「ヨシダさんってさぁ、一言で言うとコミュ障だよね。それとも何かの病気だったりするの?」
くすくす声が、先程の布団に入っていた少女に降りかかる。ヨシダっていうんだ、この夢の主。
「やめなよ」
私が割って入ると、くすくす声の人影は気分を害したように消えていった。しかし、それなのにヨシダは怯えた顔のままでいる。私の顔色を窺うようにしている。私は味方だよアピールをするが、効果はないようだ。
「な、なんで助けてくれるんですか」
「なんでって……」
それは君が夢の主だから。でもそんなこと言っても伝わらないから、「理由なんてないよ」と伝える。ヨシダは泣きそうな顔をしている。
「そんなのってないです。何か企んでるとしか……あなたも私をいじめる気なんだ」
待て、なぜそうなる。
「いじめる? って?」
「みんなと同じだ!」
途端、私の全身に強い衝撃が走った。後ろに吹き飛ばされる。息が止まった。
なんてことするんだ。攻撃してくるなんて。文句を言わねばならない。ヨシダは私に背を向けて逃げ出した。後を追いかける。
ヨシダはセーラー服をはためかせながら息を切らして走っている。暗闇の中、人の形をした影にぶつかると、影は盛大に舌打ちをした。硬いタンスにぶつかった時は大きく姿勢を崩したが、それでも走り続ける。
「待てー! 謝れー!」
ヨシダの足は速い。
私は謝ったぞ! 悪いことをしたら謝った。ダカタに謝るためにあの木を登ったのだ。このヨシダっていう少女も、今私に衝撃波を放ったことを謝るべきだ! そしたら許してあげるのに。
本気の鬼ごっこがしばらく続いた後、ヨシダはぱしゃんと音を立てて溶けて消えた。私は呆気に取られたが、どうやらヨシダが夢から覚めたらしい。辺りの雑然とした物たちがくっきりと見える。逃げられた。
気持ちの悪い金切り声が聞こえる。時々和音のような音階も流れる。音の出所を探すと、壊れたオルゴールがあった。自己主張の強いやつだ。壊れてまで大音量で鳴りやがる。うるさい。
遠目から見てもカラフルな机があったので寄ってみた。カラフルに落書きされている。
「貧乏人!」
「厄病神」
「ハナクソ」
「死んでも誰も困らないよ」
ヨシダに対する言葉なのだろう。可哀想な人なんだなぁ。実際にあった過去だという感じがする。
でもさっきのは痛かった。可哀想だからって人を傷つける言い訳にはならない。やはり文句は言わねばならない。私の気がすまない。
暗闇の空にヒビが入っていた。現実だ。スーツを着たかっこいい大人の女性が映っている。気の強そうな化粧で、鼻の下に印象的なほくろがあった。ヨシダだ。
ほくろがないと本人だとわからないくらい印象が変わる。少女じゃなかった。大人になって、何の不満もなさそうな姿形になっても、こんな悪夢に追われて十代の暗い過去に縛られているだなんて、人間とは複雑だ。
少し、優しい言葉をかけてあげたくなる。ダカタみたいに、何かが変わるかもしれない。
でもまた衝撃波を食らったら嫌だな。というかあれはどうやっているんだろう。
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