ダカタ3

「ダカタ、私とはどうやって出会ったの?」

「変なこと聞くなぁ……」

 私はエリではないのだから仕方ない。この男の目には私がエリに見えているのだろうから、思い出話でもしてくれるといい。

「エリとは、本当、偶然出会ったよなぁ。いや、今からすると運命みたいにも思える。馬鹿みたいなこと言ってるように思う? はは」

「端的に教えてくれればいいんだけど……」

 エリは、信号機の前で戸惑っていたらしい。全盲で、杖をもって一人で外出していたそうな。

 信号機の色がわからず、青でも渡らなかった彼女を見て、バスに乗っていたダカタが途中下車をして誘導したのが出会いだったのだという。よくありそうな話だ。しかしダカタは人が好いのだな。

 彼は甘い雰囲気で回りくどく語りだす。ダカタにとって、エリは特別な存在だった。自分はある理由でずっと人間関係に苦労してきた。そんな中、特別に相性の良い二人だったため、自然とエリは彼の支えになり、彼もまたエリを支えたいと思う関係になった。

「だからこそ、君の目の手術には反対なんだ。リスクだってあるし、それに……世の中には、見たくないものや見られたくないものが沢山ある。君はわからないだろうけど、一度見てしまえば、もう前のようには戻れない」

「……そんなに自信ないの? 顔」

「……何? 俺はエリのことを思って言ってるんだ」

「自分の顔が嫌いなんだよね。だから夢の中でも首が無いんだよね。どんなトラウマがあるのか知らないけど、ダカタ、あなたはエリさんの気持ちを馬鹿にしてる」

 私は嘲笑した。ダカタの必死さが妙に笑えた。人間の思考は結構面白い。自分の顔を見られて、恋人に見限られるのが怖いなんて。

 しかし、頭が悪いのか? 今まで全盲なら、物の美醜の判断なんてできるはずがない。気にする必要のないことだ。ダカタにとってどれだけトラウマであろうと……それはエリには関係がないことだ。

 私が嘲るのを見たダカタは、見えない目を見開いて唇を震わせた。頭を抱えて何かを振り払うように動く。

「お前はエリじゃない……」

「そうだよ」

 私は笑った。

 強い地震が起きた。足元の土が隆起する。蔦か、と思ったが、それどころではない。ありえない大きさの大木が、ダカタを上へ持ち上げて空高く伸びていく。

 巻き込まれた私は慌てて下へ逃げようとしたが、間に合わなかった。中途半端に、飛び降りたら死にそうな高さに取り残されてしまった。

「植物くらいだ! 誰にでも平等だったのは! 人なんて今更信用できるかぁ!」

 大木の頂上でダカタが叫んでいる。まずいことになった……世界の端まで行けば、夢から脱出できるが、この高さでは……。

 掴めそうな枝がいくつも生えている。私は上の一本に腕をかけ、横の枝には足をかけた。降りるより、登る方が早い。そう思うほどの高さだった。下を見ると血の気が引く。こんな体験は初めてだ。


 初めて会った時のことを思い出した。喧嘩したけどやっぱり俺は、という一言を。喧嘩というのは、手術に関してのことだろう。

 久しぶりだとも言っていた。現実世界でダカタはエリに会っていない……エリが手術を終えてダカタを探している可能性がある。

 そのことをなんとか伝えて、許してもらって降ろしてもらおう。そのためにはまず登らねば。これはあれだ、前の夢の主が「最近趣味でさぁ」と言っていたボルダリングみたいなものだ。

 私は人間じゃない、ここは現実じゃない、つまり私は無敵。落ちない。大丈夫。下を見たって……いや待ってなんでまだ伸びてるんだ!

「ダカタ! 話を聞いてくれ! 確かに私はエリじゃない、今まで誤解をさせたままでいて悪かった。説明をさせてほしい!」

 ダカタのすすり泣く声が上から聞こえる。

 すすり泣くという表現ではあるが、それはかなり豪快で、辺りにかなり響き渡っていた。あれだけ泣けば気持ちよさそうだ。あまりにも見晴らしが良いこともあって。あんなに高かったビルのさらに上に伸びてしまった。

「お前は誰なんだ? どうしてエリの顔をしているんだ?」

 私はふぅ、と息を吐き、覚悟を決めた。枝を登っていく。細い枝は折れることがある。しかし私は人の夢を渡る者。夢の主ほどではなくても、ある程度の干渉は出来る。この世界の異物だから。私は枝を足場に、支えに、空へと登る。さっきまで無かった位置に枝が出現する。それは私にとってとても都合の良い位置だった。

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