ダカタ2
日が昇る時間は日によって違う。やけに長い夜もあれば、一瞬で終わる夜もある。昼の方が長いことが多い。予測はつかない。
今日の夜空は綺麗だった。小さな空に夜景のように星々が輝き、眩しいと錯覚するほどだ。明るい夜だった。気持ちよく歩いていたら、本当に眩しい太陽がぐぐぐと昇ってきて、星々は流れ星になって次の夜へと逃げていった。強すぎる光が多くのものを覆い、本質を隠す。彼が眠り、この世界にやってきた。
夢の主はしばしば夢から覚めて、この世界からいなくなる。
いない時の方が、世界ははっきりと存在する。主の方が存在感が強すぎるので、主がいる時は相対して世界が薄く脆く見えるのだ。だから、ダカタが今この世界に戻ってきたことがすぐにわかる。
私からは遠く離れた場所でダカタは、人型の黒い影に囲まれて歓談していた。楽しげな笑い声が聞こえる。ダカタは身振り手振りを交えて影と話す。明るく、場の中心はまさに彼だ。少し気になったのは、そうしている彼の周囲に、次々と植物が増殖していったこと。すごいスピードだった。それらは壁のようになり、私からは見えなくなる。
私は一人で別方向に歩いた。夜を探しに行こう。さっきの夜は、本当に中々見ないような綺麗な夜だった。宝石が空に飾ってあるのだ、きっと。あの星を採りに行ける夜がどこかにある。あるといいなと思う。私は今日も人の夢の中を放浪する。
ダカタが背中から抱き着いてきた。気持ち悪くて肘鉄した。見てこの鳥のような肌。
ダカタは驚いていて「俺たちは恋人だろう!」と言ったが、すぐに考え直したのか「ごめん、びっくりさせたんだな」と無い頭を下げる。恋人じゃない、と伝えようか迷ったが、やめておいた。
説明が面倒だからだ。
ダカタの友人がわらわらと湧いてきた。地面から黒い影が立ち上り、人くらいの背丈で止まる。
「最近付き合い悪いじゃんかよ」
黒い影である彼の友人が言う。ダカタは降参するように両手を挙げ、その友人たちをかわそうとしているようだ。しかしそう無下にもできない。人が好いのだろう、ダカタは気安く友人と応対する。蔓が困惑したように背後で動いていた。
「その子がダカタの恋人? あの噂マジなの?」
「あの噂ってなんだよ」
ダカタはやめろ、と言外に強く言っていた。しかし友人の猛攻は止まらない。影が頭の影をつまんで私に見せた。
「ねえ俺の髪の色何色に見える?」
「黒じゃないんですか?」
ワッと場が沸いた。マジじゃん、としきりに騒がれる。どう見ても黒じゃない、と影たちは騒ぎ立てる。
ダカタ大丈夫? 騙されてない? 変に同情するのやめとけよ、お前女の趣味悪いんじゃない?
そこまで聞いたダカタは酷く顔を歪めて、その最後の発言をした黒い影を睨みつけたような気がした。すると地面から蔓が垂直に突き出る。彼の友人は胴体を蔓に貫通され、宙に浮いた。赤い血が蔓を伝う。
周囲の友人が一歩引いた。ダカタは私の目からその光景を隠すように、私に覆いかぶさった。
「だから良いんだ、エリじゃないとダメなんだ」
先日は急にダカタの凶暴性を見てしまったような気がする。あの蔦はダカタの無意識で動き、彼の周りに壁を作ろうとしているかのようだ。ただ、例外もあるようで。
あの後、急に黒い友人は煙と消え、空がぐるぐると晴れ間と夜を繰り返した。それはものすごい速さで、明滅にくらくらした。いつの間にかダカタも消えており、世界は輪郭を取り戻していた。
ダカタの心にいる彼女とは、そんなにも唯一無二といえる人なのか。それにしては、評判は良くないようだ。
首のない理由は、よほど顔に自信が無いからだろうか。無くしたいほど醜いから、普通の女性と付き合えないのかもしれない。
人当たりが良く、友人は多くいるようだが……それすらも植物が彼を遮断しようとする。本当は、人嫌いなのか。
私は彼がどんな顔をしているのか、無性に気になった。痣があるとか、火傷があるとか、それとも単純に見るだけで吐き気がするほど醜いとか。
色々と想像を巡らせてみると、最近セクハラされた恨みも晴れそうな気がする。なんとしてでも彼の顔を暴きたい。
町の地形はいつも変わる。ビルとビルの隙間の空が、割れていた。バラバラの破片が見える。ガラスのように割れている。
割れた空の向こう側が見えた。どこかのオフィスのようだ。あれは夢の世界ではない。
もう見慣れた背格好の男性が中心におり、頭部はあるが顔は見えない。清潔感のある短髪で、何度も腰を曲げてお辞儀をしていた。
ハイ、ハイ、と元気な声が聞こえる。会話を見ていると、どうやらダカタはエイギョウという仕事をしているらしい。なんだろう、エイギョウって。成績が優秀だと褒められているようだ。
ダカタはずっと張りの良い声で返事をしているが、どこか疲れているようだ。私と話す時と違う。現実にあるはずのない植物の壁が見えるかのようだ。
机に座った人の前でのペコペコお辞儀が終わったと思うと、ダカタは人の横を通った。その人がボソッとダカタに言った言葉が、やけに大きくこだまする。
「お前はいいよな」
空のヒビが広がる。私は慌てて夢の世界の広がる方角へと走った。現実世界では私は生きていけない。間違ってもあちら側に落ちてはいけない。
走る私の姿が、ビルに反射して見えた。特別美人ではないが、穏やかな顔つきをしていて、嫌われそうな容姿ではない。私は目を閉じた女性で、白い杖を持っていた。
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