夢のあなたへ

日暮マルタ

ダカタ1


 今度の夢は縦に広い。横も広いのかもしれないけれど、目に見える範囲では、縦が大きすぎて横はわからない。ともかく、それだけで全体の規模が大きく見える。広い大通りはありえないほどの高層ビル群に囲まれている。

 アスファルト、止まっている車、ひとけのない建物たち。それらはみな、瑞々しい緑の植物に覆われている。

 ざわざわと覆い隠されているわけではなく、葉が茂るというよりも、蔦が巻き付いている。

 地上にいる私が見ても、ずっと首が痛くなるまで上を見上げたその位置の、蔓がとても太く感じられるのだから、目の前で見たらどれだけ大きいのだろう。

 路上が木の根や蔓で隆起し、割れている。歩きにくい。

 元は先進的な都市だったのだろうか。ビルが高すぎて頂上が見えない。

 灰色と緑の世界をのんびりと散策していると、首のない人を見付けた。

 そこそこに筋肉の付いたその体は、男性のもののようだ。

 彼もまた、所在なさげに緑の世界を歩いている。

 なんとなく、見ると雰囲気でわかる。この夢の主はあの人なのだろう。あの人の見る夢が、この世界だ。

 なぜ、首がないのだろうか? ふと興味が湧いた。私はいつものように、夢の主に近付いていく。


「エリ! やっぱり会いに来てくれたんだな」

 しかし、どうしてこうなってしまったのだろう。

 首のない人は、私を見るや否や駆け寄ってきて、熱い抱擁を交わしてきた。エリ、としきりに呼ぶ。話を聞いていると、どうやら私が昔の恋人の姿に見えているらしい。喧嘩したけどやっぱり俺は、などと話している。

 私の姿は見る人によって全く別の存在に見える。ただ、恋人だと思われたのは初めてだった。結構嫌だなこれ。

「暑苦しいから離れてくれる?」

 私がそう言うと、彼は少し肩を跳ねさせ、慌てて私を離した。なんか、少し変わった? と焦っている。

「でも、久しぶりだからな! また会えて本当に嬉しい」

 彼は声を弾ませている。

 彼が話すと、遠くの景色が滲む。ビルの輪郭が曖昧になる。彼だけがはっきりと世界に映る。間違いない、この人がこの植物の世界の主である。

「なんて呼べばいい?」

 そう呼びかけると、何を言っているんだよと笑われ、「ダカタだよダカタ! 何度でも言うぞ!」と暑苦しく名乗られた。いらないと言うと意気消沈した。

 首はないが、体の皮膚は、黄色人種に見える。夢では言語が通じないことはない。夢の主ならば話せる相手だ、見た目がどうあれ。

 今まで沢山の夢の主と出会ってきた。人間に見えない人間や、焦げたような黒い肌の人とも交流した記憶がある。

 ダカタに首がない理由はあるのだろうか、無いのだろうか。あったところで、本人が自覚しているのか。ダカタは自分が首が無いことを知っているのか。

 色々と考えた。私はただの興味と好奇心で生きているので、ひとまず本人に一言聞いてみた。

「なぜ首が見えないの?」

 ダカタはとても答えにくそうに、あーとかうーとか遠くを見たり腕を組んだりして、結局、

「なんでだろうな……」

と締めくくった。それ以上話すつもりは無いらしい。明らかに答えたくなさそうだ。

 しかし恋人だと思われているのは、なんだか気が引ける。首云々よりもそっちの方が困る。

 今も私の腰に手を回そうとしてくるので手を払い落としたところだ。


 細くて長いビルが多く、横幅のない建物ばかりだ。だけどそれらが密集している。空が狭い。清々と青いわけではなく、微妙に曇って白く見える空だった。

 灰色のビルたちに挟まれた大通りは、地面一面と言ってもいいほどに蔓がところせましと這っている。非常に歩きにくい。若い黄緑の蔓や、年季の入った真緑の蔓もある。

 ダカタは植物が好きなのだろうか。

 夢の世界にお邪魔している立場なので、気を使って邪魔な植物を避けて歩いていた。まっすぐ歩くことはほとんど不可能で、乗り越えたり、道の端まで避けたりとぐねぐね歩いた。これは杞憂だった。

 ダカタと歩く時、彼はとても雑に植物を除去していく。彼が腕を振り払うと、怯えたような植物が刃物で切られたように傷ついていく。

 彼が通った後の植物は傷付き、透明の液を流す。何でもないものを踏み潰すように、「邪魔だよなぁこれ。困るよな」と淡々と植物を伐採していく。ダカタは容赦がない。私も倣って同じようにする。少し歩きやすくなり、運動量が増えて少し疲れる。

 植物は数日で元に戻る。次々に生えていく。

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