1.2 ― 坑道


 「―――いやはや、来てくれて感謝するよ。

男爵様は"これ以上坑道を閉鎖するな"と煩くって仕方無い。

我々鉱山労働者としても嬉しい限りだ。」


 既に陽が傾きつつある頃、私達は鉄格子で封鎖された坑道の前で、地元の鉱員ギルドの有力者 "マルティン" からの話を聞いていた。


「この坑道は一番新しい坑道なんだが、二年ほど前に地下水脈にぶち当たって暫く採掘が止められていたんだ。だが排水が終わると魔物が出る様になって、そこで始めて〈ダンジョン〉を掘り当てたと気付いてな。」


 〈ダンジョン〉。


 この、"魔力の溜まり場"とも呼ばれる閉塞空間では、摩訶不思議な事が起こる。亡骸や鎧が意思を持った様に動き出し、魔力によって凶暴化した生物が度々たびたび外へ出て人を襲う。

 危険な空間ではあるが、恩恵はある。

ダンジョンの多くは〈古代の超文明の遺跡名残り〉である事が多く、その歴史的・技術的価値は計り知れないからだ。


 …この地方にまで古代文明の影響力が及んでいたと言う歴史は無いからして、恐らく洞窟内の魔鉱石から自然発生したのだろう。その場合は…ただ迷惑としか言いようがない。。


 「確認出来た魔物は?」

アルブレヒトがそう言うと、マルティンは暗い顔をして言った。

「…恐らく〈アンデット〉が5いる。

…地下水脈に当たった時、5人の鉱員が水に飲まれた。」

「…お悔やみ申し上げます。」

坑道内に5体のアンデット。…アンデットとの戦闘後は、腐りかけの肉片が体中に纏わりつくから堪ったもんじゃない。

「…この坑道を真っ直ぐ進み、4番目の交差点を右に曲がってくれ。地下水脈を掘り当てたのはそこだ。ダンジョンの入口もそこだろう。

私は鉱員ギルドの集会に出るから、何かあったらギルド集会所まで。」


管理人は鉄格子を結ぶロープを解き、封鎖を外した。




 何処から現れるか分からない5体のアンデットを警戒し、塊になって前進する。

"アルブレヒト" を先頭に、右側を任されているのが私で、

左側は "ヨアヒム" 、最後尾で "フリッツ" が警戒中だ。

「…臭いますね。」

「あぁ…何処かに居るな…。」

アンデットが居ると言う事前情報はあれど、それが何処に居るかは分からない。

口周りに布を巻いているのだが、それでも死臭は臭ってくる。

 アーティンゲンは鉱山街であるから、外に戻った所で別の臭い鉱山街特有の臭いがあるのだが、死臭よりかは遥かにマシと言った所か。


 すると突然、先頭のアルブレヒトが歩みを止めた。


「…見ろ、居たぞ。

鉱員のアンデットだ。」


 膨れ上がった身体に皮膚は見られず、代わりに石鹸の様な泡が纏わりつき、陸蟹オカガニが身体中を食い荒らしている。己の身体が悲惨な状態であろうと、このアンデットは気にしないらしい。


 「…目を伏せとけ、撃つぞ。」

そう言ってアルブレヒトは腰に巻いていた "火縄式拳銃" を抜くと、眼前の敵に発砲した。

…弾丸は左腕を吹き飛ばし、アンデットはその勢いで背後に倒れたのだが、その黒い眼で此方こちらを見つめながら、まだ立ち上がろうとしている。

 「うぅ…グロい…。」

狼狽えるヨアヒムを背に、アルブレヒトは別の銃に持ち替えて発砲。

あまり視界に入れたく無いが、どうやら頭を吹き飛ばした様だ。


 …ヨアヒム、吐いても良いぞ。

でも私の靴を汚すなよ。


「四肢を斬り落とさないと駄目か。」

敵の右手両足は健在で、まだ立ち上がろうとしている。

 アルブレヒトは用心しながら近づき、右腕と両足に向かって幾度か剣を振り下ろした。

 「…へっ…腹だけで動いてやがる。」

"不死者アンデット"と言うだけはある。

…アンデットはある程度の損傷を受けると動かなくなるが…この場合は燃やした方が早いだろう。

「…火葬してやりましょう。」

私は腰に吊るした水筒のエール酒を躊躇う事無く掛け、そこに魔法で火を付けた。



 「大丈夫かヨアヒム…。

ほら、水でも飲めよ。」

フリッツが差し出した水筒を、ヨアヒムは震えた手で跳ね除けた。

あの様子じゃ、ヨアヒムはアンデットを見るのが初めてだったらしい。

「ヨアヒムは駄目か。」

「…普通の人間なら "この反応" が普通です。」

「俺達は普通の人間じゃないと?」

「…そんな事はありませんよ。」

 死を眼前にした事が無い人間は、家畜の屠殺でさえ吐き気を催す。

魔物を殺してきた冒険者であろうが、元人間を相手にすると別だ。

「…アルブレヒトさん…これ…先に進めませんよね。」

 此処にヨアヒムを置いていくのは危険だ。

いつアンデットに襲撃されるか分からないし、

「いや、無理だろうな…。」

「撤退しますか…?」

「…あぁ。」



とは言ったものの、ヨアヒムは暫く動けなさそうである。

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