記憶喪失の女神

赤目のサン

第Ⅰ部 ― 棺の中の少女

第ⅰ章 ― 常闇なる坑道

1.1 ― プロローグ

 私は今、風吹きすさぶ山岳地帯に居る。

緑黄の木々は見られず、草花の代わりに硬山ボタ山(採掘で生じた土砂や石)が幾つも連なって、鉱山街らしい "鼻を突く様な酷い臭い" が立ち込めている。


〈山底都市アーティンゲン〉


 深い鞍部あんぶ(山と山の間にある低地)にあるが故に、暖かい日差しは殆ど届かない。それが山底都市と呼ばれる所以ゆえんであった。


 自己紹介が遅れたが、私の名前は "ヴェルナー" 。職業は〈冒険者〉。

つまり廃墟探索や魔物退治などを生業としている身だ。


 「…ヴェルナー、あんた前に来たことあるんだよな。

男爵様の屋敷が何処か分かるか?」

「…あ、はい…確か街の外れにあったハズです。

あの丘が見えるでしょう?その近くに…。」

 今、私に話しかけた男の名は、 "アルブレヒト" と言う。

彼も冒険者であり、ここ数週間は共に行動している。

 冒険者は各地を放浪するに当たって〈パーティ〉を組む事が多い。

遠出の為に街から離れる時、大人数の行動は便利だ。

盗賊や魔物も大人数であれば対処し易い。行商人も決まって大人数で行動する。動物が群れるのと同じ事である。

 しかし、冒険者は傭兵団の様に統率がとれている訳では無く、ギルドの〈集会場〉で偶然居合わせた面々でパーティを組む事が多い。

頻繁に別れるし、頻繁に結成される。それが冒険者のパーティである。


 私達のパーティの内訳は、先程説明した "アルブレヒト" と、 "ヨアヒム" 、"フリッツ" そして私 "ヴェルナー" の4人である。

 今回、私達のパーティがアーティンゲンを訪れた理由は、アーティンゲン領主 "ハイミリヒ・フライヘル・フォン・アーティンゲン" からの依頼を受ける為であり、私達は子爵の屋敷へと向かっていた。



 暫くして、 アーティンゲンの領主館に到着した。

市街から少し離れた、陽の当たる丘陵に構える屋敷には "如何にも貴族な佇まい" と言える様な装飾が隅々にまで施されている。


 …すると、パーティの先頭を歩いていたアルブレヒトが「…で、…誰がノックする」と言い出した。

「…それは…君だろ。」

「何故だ。」

「言い出しっぺだから。」

子爵の屋敷を前にして、 "リーダーの押し付け合い" が始まった。

 先程言った通り "冒険者パーティは即席で組む事が多い" ので、そこまで信頼関係が強い訳では無いのだ。

先程の"あるブレヒト"とは前にも組んだ事があるが…粗暴と言うか…。


 すると突然、「あぁ!分かったよ!」とアルブレヒトが大声を上げた。

「アルブレヒトさん静かにっ!

…貴族様の家の前ですよ…?」

「…分かったよ、俺がリーダーだ。満足か?」

"満足ですから騒がないでくださいな"と言いたい気持ちをグッと抑え、

今しがた騒いでいた男が服装を正して扉を叩くさまを眺めていた。

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