第5話
「先に名乗っておきます。私はレイラ。お見知りおきを」
「……僕はミツキ。随分と物騒な歓迎に驚いています」
とりあえずクールに皮肉を言っておかないと、この高揚した気分が収まらない。
「それは申し訳ありませんでした。ですが、これは通過儀礼だと思ってください。力の無い者に私達の命運を委ねるわけには参りませんので」
命運とかキターー!! 絶対イベントじゃん。ちょっとくらいの皮肉を言ったところで、この気分の高揚は抑えきれない。
レイラが構えると、僕の心も戦闘に備える。
漫画とかでゾーンとかいって集中すると世界が遅く見えるとかそんなことは出来ないが、僕には集中して見えなかった敵の動きはこれまでにない。
どんな難敵の動きも必ず視界で捉えてきた。
今から行きますと宣言されて攻撃を貰うわけにはいかない。
僕にもプライドがある。
レイラの獲物は細剣。ということは刺突がメインの連撃。
僕は自分の持てる全てでレイラに集中する。
可愛いNPCにかっこいいとこ見せたいと思って張り切っているわけではない。
これはイベントのためなのだ。と何故か自分に言い訳をする。
「参ります」
それは一瞬だった。
ただの勘。そう、ただの勘だけで僕は動いていた。
「ほんと凄いですね。私の刺突が見えるだなんて」
彼女の踏み込みも、最速の刺突も、僕には見えなかった。
「じょ、冗談だろ?」
僕は冷や汗が止まらない。
実際には全く見えなかったわけではない。確かに見えてはいたが見て反応するレベルじゃない。見てからでは遅すぎるんだ。僕はさっきの一撃が躱せた自分にも、レイラの力量にも驚いていた。
NPCの常識から言って異端すぎる。
何だったらプロ選手並みの腕前と言っても過言ではないだろう。
NPCはどんなに強くてもプレイヤーには及ばない。それが常識。
日々己を鍛え続けているプレイヤーはやっぱり凄く強いのだ。
僕も強いと言われているNPCに勝てなくとも負けることはないと自負していた。
それが今はどうやったら負けないで済むかわからなくなっていた。
「では、続きと行きましょう」
全く気負いのない軽やかな声色でレイラは言う。
「本気で行きますから」
僕は咄嗟に後ろへ飛んだ。
レイラもそれが分かっていたのだろう。先ほどの鋭い一撃と寸分たがわない一撃を放っていた。彼女はわざわざ見せてくれたんだ。絶対的な自信の現れ。見えたところで対処できるのかと問われているようだった。
彼女の思惑通り、レイラの動きを全体で捉える事ができた。とてもじゃないが対応出来そうにない。
だから、僕が首をひねったのも勘だ。
さっきのあり得ない速さの突きから、更に同じ速度の突きが僕の頬を掠めていた。
スキルを使う暇などない。
僕は久し振りに流血していた。
「私の刺突二連を躱したのはあなたが初めてですよ。凄い人が来てくれたものです」
「ハ、ハハ……。そ、それは光栄ですね。もう、止めません?」
「ダメ」
「ですよねー」
それからのレイラの攻撃は、お稽古でもしているかのように僕の実力に合わせてきていた。
彼女の刺突もそうだが、斬撃も予備動作が少な過ぎる。もほとんど運で躱しているようなもの。
刺突に関してはもう躱せてもいない。
徐々に僕のHPが削れれていく。
反撃なんて出来たのもではない。
一方的にやられるだけ。
だけど、斬撃に関しては少しコツが掴めてきた。
スキルを合わせてはじき返すのはまだきついが、見えてきてはいる。
レイラの手首のスナップと肘の引きが尋常じゃなく早い。
後、初動がおかしい。踏ん張りとかのそういう足の動きでなく、重心移動なのか突然目の前に突きが来る感じ。威力重視というより対人戦に特化したような攻め方。彼女はこれまで何と戦ってきたのだろう。
モンスター相手にするような動きではない。
僕が始めようとしているイベントはもしかして――
「ここまでにしておきましょう」
「あ、あっ、あざーす!!」
僕は地面に体を投げだした。
なんつー強さだ。
レイラの美しさに囚われたいたのはほんの一瞬。
もう、歴戦の猛者にしか見えない。
「ミツキさん。合格です。私達を助けて頂けますか?」
屈んで僕に優しい笑みを浮かべるレイラはやっぱり綺麗だった。
どう見ても僕が助ける立場には見えないだろうが、強者に認められた事実は嬉しかった。
「僕にに出来ることであれば、……頑張ります」
そう言うのが精一杯だった。
「ありがとう。ミツキさん。では、次の三択から選んでください」
ニコニコするレイラからいきなり三択が飛び出してきた。
「ひとつ、関わりだけ持ちクエストには参加しない立ち位置」
「ふたつ、クエストだけ受けるだけの関わり」
「みっつ……」
レイラは僕をじっと見つめる。
これが最も重要なことなのだと目で訴えてかけている。
「みっつめは、私と契約を結びこのゲームの深淵を覗く許可を得るかわりに、私達に全面的に協力すること」
ニッコリ笑うレイラの目は笑っていない。
「どれにします?」
三択と言いながら三番目しか選んではいけないような気がするのは僕だけだろうか。
脅しとも取れそうな三択に顔を引きつらせていると、後ろから助け船とも言える横槍が入った。
「姫様!」
「お嬢! 坊主の実力は認めるがそこまで信用できやすか?」
「いいんです。どうせ変わらなくちゃいけないんですし、今後も彼のような強者がここのやってきますよ? 誰を信用するかなんていいんです。私達には協力者が必要なんです」
「まあ、そうですが。はあ、皆になんといえばいいのか」
「しゃーねぇ。ロデス頼んだぞ」
「に、兄さん! それはないですよ。一緒にみんなに説明して下さい!」
「そうよ。ガデスもみんなに伝えてきて頂戴。これからミツファの園は変わりますよ。予定通りにね。
誰一人として――――ために」
すごい。眼前でイベントが進行している。
なんかことが大きくなりそうな新イベントにワクワクする。
ゲームを始めたきっかけは死を回避するだったが、マリアムとの冒険するうちにゲーム自体が僕の生活の一部となっていった。
生きるためだけでなく、楽しむためにゲームってあるんだなーと当たり前のことを当たり前に楽しめるようになった。
そう思うと人生もゲーム同様に楽しむためにあると思いたくなる。
今まさに進行するイベントを見ながら思う。
「で、どうします?」
さっきの猛禽類を思わせるような視線よりかは圧が少なく、どこか懇願するような感じもするレイラさんの笑顔。
「レイラさん」
「はい」
「レイラさんに協力します。僕は全部知りたいです」
やっぱり楽しいと思った方に行きたいよね。
「流石はミツキさん話が早いです。ではこれを読んで契約して下さい」
飛び切りの笑顔で渡された契約書は一枚だけ。
ワクワクしながらその内容を確認する。
要約すると、レイラさん達ミツファの園で知り得た情報を外部に漏らさないこと。
漏らした場合は、アカウントがBAN(ゲームのサービス停止)されるとのこと。
は? えっ? 何これ? 意味分からな過ぎ。え? だってNPCにそんな権限あるの? ってこれほんとうに効果あるの? ただのイベント? にしては物々しい。
あまりに疑問過ぎてレイラさんを見上げると、ニッコリ微笑んでいる。
「えと、違反したらほんとにアカウント削除されるんですか?」
「はいそうです。もうそのキャラクターではゲームができません。ミツキという名も使用禁止となります。それと、全NPCからの好感度が底辺となりますので、イベントの発生も制限されますし、アイテム等の購入時もすべてに関税がかかります」
「はい? え?」
「それを踏まえて契約されますか?」
なんだこれは。
NPCと話す内容じゃない。
明らかに運営と話すべき内容だ。
「あの」
「はい」
「レイラさん達は運営の方なんですか?」
「あー、はいとも言えますし、違うとも言えますが、権限は与えられています」
「ええ!!! レイラさん達もプレイヤーなんですか?」
「それも含めてお話するのは契約後です」
これ以上は聞いても答えてくれないだろうと思わせるような、圧のあるニッコリ。
でも、このイベント異色過ぎるし、内容もプレイヤーからしたら狂ってるとしか思えないけど、でもさ、これって――面白すぎるだろ?
なんなんだろう。さっきの対人を主眼とした模擬戦。この契約。
どう転んでも今までになかったような動きがこのゲーム内で起こる予感。
そして、契約を受けて欲しいと嫌でも伝わってくるレイラさんの圧。
その圧に混じる少しの申し訳なさと期待感。
ほんと僕の心を擽ってくる。
僕、こう見えても面倒ごとに首と突っ込むの好きなんです。
「レイラんさん」
「はい」
「契約します」
「っ!? は、はい。一名様ご案内です。これから、……よろしくねミツキさん」
「こちらこそ。よろしくです」
なんか居酒屋に入ったような歓迎のされ方だが、僕はジェネシスキングダム始まって以来初めての運営参加型のイベントに足を踏み入れることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます