第4話

「あ、そうだ。どのくらいマッピングできてるかな」


渓谷から目を外し今日の成果を確認する。


「おおっ! 結構しっかりマッピングできてるじゃん」


逃げ回ってただけだけど、接敵する度に大回りして回避し続けることによって想像以上に広い範囲をカバーできたみたいだ。宝箱の位置なんかもしっかり記されている。目視するだけで記録されるとはいえ、宝箱の情報は高く売れる。攻略する時は誰だって一つも逃したくないと思うのが心情。いい小遣い稼ぎになりそうだ。


くふっくふっとほくそ笑んでいたら背中に衝撃を感じた。


――あっ。


振り返ると獰猛な目した強大な鷹が見える。


「あああああァァぁーーー!!」



僕は谷に突き落とられたのだ。

真っ暗な渓谷の深淵に僕は真っ逆さまにダイブしていた.



「のわあああーー!!」


どうしよう。

こういう時に高所恐怖症の人はリスタートする。

リスタートすると最寄りの大都市の教会に転移し、教会で15分間牧師の説教を聞くと言うペナルティが生じる。たかが15分だがされど15分。嫌がる人は多い。

転落死した場合は強制ログアウトになる場合がある。今の僕は確実そうだ。ログアウトにならなかった場合はランダムでどこかの村に飛ばされ、HPがほぼない状態からスタートとなる。こっちの方が時間が無駄な場合もあるのでリスタートを選ぶ人は多い。

僕みたいに強制ログアウト組はぎりぎりまで粘る。

どうしたもんかと思っていると、さっきの鷹が追いかけてきた。


「空中じゃあどうしようもねぇ」


なんとか追い払おうと拳を構えるが威嚇してくるだけで、攻撃まではしてこない。

が突然後頭部と背中に衝撃が来る。


「あ痛っ」


もう谷底なのかと思ったが、そんなに浅くはないと思い直す。

衝撃は少しで終わりまた落下する。

また衝撃。

でまた落下。

衝撃。

落下。

落下しながら見渡すと鷹の群れがいたるところで旋回している。


「鷹の背にぶつかってたんだ」


また衝撃が来る。

その度に落下速度が遅くなり、遂には鷹の背に立てしまった。

立ったのもつかの間。一瞬で振り落とされてしまった。


「今のがチャンスだったか」


落下しながら後悔するが、薄暗い谷に何十もの鷹が旋回しているのが見える。

またもや真下に鷹の背が広がっていた。

もう離さない。僕は必死でしがみ付く。

鷹も負けじと振り落とそうとするが、僕はもう学んだんだ。絶対離さない。

どのくらい格闘しただろうか。鷹も諦めたのかぐるぐると旋回し始めた。騙されんぞ。僕は必死でしがみ付いている。

鷹はひと鳴きすると崖に突っ込み始めた。


「嘘だろ。やめてくれー!」


まさか諦めて自爆なんて酷過ぎる。絶壁が眼前に迫るが僕は鷹を離さない。「一人では死なんぞ!」 心中しても経験値は入らないが最後のあがきだ。

しっかり目を見開き、ぶつかった後どうするかと考える、が急に視界が開け、さっきまでいた灼熱のダンジョンへ戻ってきていた。


「は?」


また鷹がひと鳴きすると鷹が燃え始めた。


「もしかしてダンジョンから出ると炎が消えるの?」


そんな疑問には誰も答えてくれず、燃え盛る巨大樹へと鷹は高速飛行し始める。


「おいおい相棒。もしかしてあの巨木はお前の巣なのか?」


ほんの数分ほどの付き合いで相棒に昇格した鷹は答えない。

だがこの鷹の背から見下ろす景色は絶景だ。

眼前に聳える燃え盛る巨大樹を中心にこのダンジョンは存在しているかのようだ。

なんとなくだが猿と熊がいた森や、カエルのいた洞窟、魚や蛇のいた池なんかもあの辺なのかなーと思う。そう思うと僕が走り回った広さなんて、このダンジョン全体の20パーセントくらいなんだと知った。

この精霊系ダンジョンでかいわ。

おそらく全体をマッピングできたと思う。マッピングの報酬はあまりおいしい金額ではないが、新ダンジョンの全体像となれば報酬は跳ね上がるし権益がある。マップの一部が公開されるより全体像が分かった方が価値が高い。


「今日はついてたわ。相棒」と鷹の背を撫でると、嫌そうに暴れるので僕は振り落とされた。


「うそん」


ここにきて痛恨の失敗。

巨大樹の根本へと落ちていく。

何かが近づいてくる。

あれも鷹か? と思うが近づく度になんかでかくなっているように感じる。

あ、鷹の倍はでかい? ああっ、7メートル級? えええっ、あれ10メートル越えか! 


「あっ」


と思った時には飲み込まれていた。


「くっそーー! 僕じゃ絶対出れない。リスタートしかねーじゃんか!」


悔しくて悔しくて巨大鷹の胃の中を叩きまくるがなんの反応もない。

ピロンと音がしてたので顔を上げると称号を得ていた。


――新時代を切り開く者


ああ、僕はボスに飲み込まれたんだ。


「うっしゃああーーー!!」


そう絶叫した後、僕はリスタートした。





―――――





「ハーイ、ミツキサン。神様ハイツモ良イオ方デス」


なんか片言の黒人牧師に話しかけられていた。


「神様ニ感謝シタイ事ハアリマスカ?」

「あります。新ダンジョンで称号を得れました。僕初めてなんです。すっごく嬉しいです!」


僕は素直に喜びを伝えた。


「ソレハ素晴ラシイデス。神様ニ感謝シマショウ。今日ノメッセージハ地獄ニツイテデス。ミツキサンハ地獄ヲ知ッテマスカ?」


そんな感じで教会の牧師の説教が始まった。

15分。

いつもは面倒な説教も今日は喜んで聞く事ができた。ほとんど頭には入ってこなかったが、案外いい時間だった。

嬉しいことがあった後は存外人は素直になるもんだなーと思う。

広い大聖堂を後にすると大庭園へと向かう。

相変わらずの人だかりだった。もう一度挑むかと一瞬過ったが、今はそんな気分じゃない。先ずはギルドへ報告だ。

さっきリスタートした大聖堂よりは小さいが、それでも目立つ大きなホテルのような建物がギルド。ギルドもすごく大きい。ギルドの二階へ足を運び、探索課新規開拓部門へ報告へ行く。

受け付は、厳つめのおじさんだった。今日はおじさんでもいい。報告したいことがいっぱいあるから。


一通り報告を終えると報奨金が支払われる。

思ったよりも多い金額だったので驚いた。


「新ダンジョンや新マップは、鮮度が命ですから早い報告にはそれだけ価値があるんですよ」


一瞬このおじさんは漁師なのかと思いが過るがどうでもいい。その後の言葉が僕を現実に戻す。


「この新しい称号は、新ダンジョンのボスまで行った証拠です。王宮の園に誰も入れない秘密の花園があるのはご存じですか?」

「ああー、はい。有名ですもんね。知ってます」

「ミツキさんは今からそこに入れる権利を得ました。確かめに行くといいですよ」

「まじ!?」

「後、新ダンジョンのマップに関しては権益が発生しますので、今後一か月間はマップの情報が売れる度に報酬が少し入りますから、ご確認ください」

「はい!!」


やったぜ! まじかぁ、これが既得権益って奴か? 当面はお金では困らなさそう。

それに新称号でイベントかぁ。新称号を得るとイベントが必ず発生すると聞いていたがコレのことか。今日はこのイベントを熟してからログアウトしよう。


うっきうきな気分で僕は秘密の花園へと向かう。

この花園、いつもは王都の全体マップを表示するとここだけ綺麗に黒く塗りつぶされている。絶対怪しいからなんかのイベントで入れるはずと一部の検証班が熱弁を振るっていたが、今回のアップデートで入れるようになるとはなあ。

花園へ入り口は王宮の庭園からと、大通りから見える立派な門からの二通りだと言う。

王宮の庭園はイベント時にしかプレイヤーは入れないので、今回は大通りから入れるようだ。

いつもはごっつい鋼鉄の扉で侵入を阻んでいた門が、今日は庭園の中が覗けるくらいの鉄柵へと変貌していた。

目の前に来たものの、どこから入るんだろうと悩んでいると、今まではいなかった守衛さんが現れ門を開けてくれた。

イベントが始まりそうだ―と喜んで入場すると外野の声が聞こえる。


「ええ!!」

「門が開いた!」

「あいつは誰だ。なんであいつだけ入れるんだ!」


門は閉まっちゃたけど、プレイヤー達の驚く様子を肌で感じる事ができた。

こ、これは、いいものだ。

プレイヤー達の驚きと羨望の眼差しが心地いい。

これが承認欲求が満たされる感覚か! 病みつきになるのも頷けるかもしれないと思った。



門を潜り周りを見渡すと外から少し見えていたように花園だった。

各区ごとに多種多様の花が咲き乱れていた。


「ここだけで相当量の薬品が作れそうだ」


回復薬や毒消し薬、このゲームにはプレイヤーを助けてくれる薬が多く存在する。薬を専門を扱う薬師という職業も存在し、薬師でないと取り扱えないものも多い。そんな薬師たちが喜びそうな光景がそこにはあった。

道なりに歩いていると果樹園や畑もある。湖や川、鉱山なんかもあって、この花園だけで生活が成り立ちそうなほどなんでもありだった。

外から見いるより花園内は圧倒的に広い気がする。


「もしかしてダンジョンなのか?」

「ご明察」


気が付けば近くに人が立っていた。


「そんなに驚いて下さるとは隠れて来た甲斐がありました。自分はロデスと申します。早速ですがあなたの力量試させて頂きます」

「……っ」


どこから持ってきたのか、いきなり剣で襲い掛かってきた。

僕は訳も分からずスキルを使うが、相手は相当の腕前だ。攻撃しますとの前置きが無かったら躱せたかわからない。


「ほう。やはり避けますか。楽しくなりそうですね」


彼の剣速は早い。だけど、一撃に特化しているのか連続で襲ってこない。一振り一振りに全力を込めるようなスタイル。中衛のアタッカーとしては凄い優秀なんだと思う。

流石に一撃に特化してるだけあって威力は凄まじい。ダンジョン内とはいえ石畳が砕かれる様子を見ていると、まともに食らえば2、3回貰えばお陀仏かもと思ってしまう。


「凄いですね。結構本気で斬りかかっているんですが、悉く避けますか」

「どけロデス! 次は俺だぁ!」


さっきのロデスと名乗る者は中肉中背の剣士タイプだが、この元気のいいおじさんは上背もあり筋骨隆々の格闘家タイプ。

ロデスと呼ばれた剣士と交代しマッチョ格闘家が襲い掛かってくる。

ロデスも参戦するのかとヒヤヒヤするが、「自分は攻撃しませんよ」と言い残してロデスは下がる。


「よそ見するとあんた死ぬぜ!」


マッチョ格闘家は見た目に似合わずコンパクトに拳を繰り出し、蹴りも織り交ぜてくる。

さっきの一撃重視の剣士とは違い、本職の格闘家のような身のこなし。

こんなの相手に出来るわけない。

僕のスキルは触れたものの力を跳ね返すのだが、真芯で捉えないと100パーセントの力は返せない。

とてもじゃないがスキルを使って逸らすことしかできない。

逸らすと相手もその急な力の移動に振り回されるが、マッチョ格闘家は体幹が強すぎるのか素早く態勢を整え連撃を加えてくる。


「無理過ぎ!」

「ははははっ。坊主やるじゃねえか。俺の攻撃が当たらねぇ。お前凄いよ」


笑いながら手加減してる相手に言われたくない。

なんだここは。ヤバイ奴らの巣窟なのか。

僕の動体視力は相当なものだと自負している。

というのもこのゲームを本気でやり込んでいる人達の動体視力は軒並みプロ選手のように高い。日々高速で繰り出されるモンスターの攻撃をずっと見続けているうえ、回避したり受け止めたり、間をくぐって反撃したりしている。動体視力が鍛えられるのは当然と言えば当然なのだ。

僕は回避に全てを賭けてこのゲームを8000時間はやり込んできている。年が若い方が動体視力は鍛えられやすいとも聞くし、僕もそんな気になっていたがまだまだなんだなと反省する。


「ガデスお下がりなさい。次は私が参ります」

「お嬢!」

「姫!」


凛とした声の方に視線を移すと、一人の女性が細剣を手に佇んでいた。

とても綺麗な人で、少し幼さも残して可愛らしいも同居している。

このゲームのNノンPプレイヤーCキャラクターの容姿のレベルは高いが、このプラチナブロンドの女性は更に上を行く神々しさだ。

こんな隠しダンジョンにNPCの猛者がいることもそうだが、姫と呼ばれるキャラクターがいることにも驚きだ。

NCPの上下関係ははっきりしている。

姫と呼ばれるということは、必ず大きなイベントに関わる重要人物。


僕は最重要人物を前に気分が高揚していた。


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