第3話

巨大鰐が守っていたのは石碑だった。

これがダンジョンの入り口だ。

石碑に触れ、即ダンジョン内へ飛んだ。


「すううぅぅーー。はあぁぁっ」


ダンジョン最高! 最初の一歩最高! ダンジョンの空気がうめえぜ。僕はハイになっていた。

僕は思いっきり深呼吸してまだ誰も入ったことないダンジョンの空気を目いっぱい吸い込み、自分が最初に踏み入れた喜びに打ち震える。

空気が美味しく感じるのはこのゲームの仕様。自分がここの空気が世界一美味いとと思えば、経験した記憶から一番美味しい空気の感覚が再現される。


「気の利いたゲームだぜ全く。さて、行くか! ひゃっほい!!」


ランダムで飛ばされるのか、辺りに移動用の石碑はない。

耳を澄ますと水音がするので、全方位を見回しながら音源に向かって駆ける。

周りは鬱蒼とした森の中で眼前には山があった。この山はスルー。

山の頂上から見下ろすと見える範囲でがマッピングされるが、こういった見晴らしのいい高台には必ず罠か強敵が現れる。勝って山頂で深呼吸すると強力なバフが付与されるが、僕には関係ない。今は兎に角がむしゃらに進んでマッピングするの一択。

見える範囲は全部見る気持ちで走り続ける。

山を迂回する感じで水音がする方へ進むが、途中5メートル級の虫が所々にいる。虫に見つからないように慎重に走り、川があったので川沿いを走る。川沿いは少し見通しがいいので助かる。

水を飲んでみたが美味しかった。

綺麗な水の川にモンスターは少ない。代わりに釣りができたり飲料水だったりする。モンスターが生息する水辺の水はあまり美味しくないのが普通だ。

途中珍しい草花や鉱石があったりしたらとりあえず採集。こういった新情報もお金になる。分布図にすると結構な報奨金になるが時間がかかるので却下。

僕は行けるだけ奥地に行きたい。

出来ればボスにまでたどり着きたい。

それが今回の目標。


「うっひょー。これ金山かぁ」


このゲームでも金の価値は高い。多くは採集できないが用途は幅広く、装飾品の類の能力は金の含有量に依存する。

そこにでかい昆虫のモンスターが二体。

ダンゴムシとカメムシのでっかいの。ともに5メートル越えだ。

この二体であれば隙をついて金を掘ることができるかもしれないが、見つかれば執拗に追ってくる。


「もったいないけど無理だな。諦めよう」


更に金山を迂回して、道なき道を行く。

道中何体ものモンスターに出くわすが、気を付けて避ければ襲ってくることはない。やはりこのダンジョンのモンスターはでかい。どのモンスターも5メートル級で色が紫系やオレンジ系が多い。状態異常系のモンスターで一撃に特化しているタイプだと思う。

最初の地点から見上げた山を迂回し、ようやく山の裏側までくるとこの大きな水の音の正体がわかった。

幅200メートルはありそうな大瀑布だった。

高さは40メートルはあるだろう。水飛沫が舞いキラキラしている。時々虹も見えて眺めてるだけで楽しめそうだ。


「何気に3時間は走ったか」


外のマップでもガーディアンに会うまでに3時間は走っている。まだまだ遊べるが時間は有限だ。僕は滝を見る。


「まあ普通にこの滝、怪しいよな」


滝の裏には中ボスがいるか、さらに続く洞窟なんかかがあると思う。うーん、どうしようかな。

ボスなら即逃げればいいけど、洞窟だったら時間かかるだろうし、そのままボス行きだったら面倒くさい。


「ちょびっと覗いてから考えよう」


瀑布に近づくと水しぶきが顔に当り冷たくて気持ちいい。

見あげると40メートルの滝は圧巻だ。なんか落ちてきたら即死しそう。

滝の裏に行くのは簡単だった。少し草をかき分けて進むだけですぐに辿り着いた。

やはり滝の裏には続く道がある。

滝つぼから中ボスがでるか、中で出くわすか。洞窟に続くか。

まあいっか。何も考えず踏み込むと開けた空間があるだけで何もなかった。


「ビビり過ぎたか」


宝箱等がないか調べるがなさそう。奥に壁画があるので写真を撮っておく。こんなのも報告すると報酬が貰えたりするからね。パシャパシャ撮ってると少し出っ張りがあることに気が付いた。


「ぽちっとな」


お決まりの行動(出っ張りを人差し指で押す)と台詞。なんか怪しいところがあれば皆一様にこのセリフでしめる。僕も例に漏れず楽しんで広場を後にする。

何にもなかったなーと思いながら外に出ようとすると視界が暗転した。


「はっ!? 落とし穴!」


ヤバイと思うがどうにもできない。少しすると斜面に足が付きそのまま滑るように奥へと転がり落ちる。

このくらいの斜面なら登れるのかなーと思いながら、滑るがだんだんと急斜面となり、きり揉み状態になりながら下っていく。

ズザザーーっと地面を滑ると、どうやら底に着いたようだ。

思ったよりダメージが無くて良かった。しかし――


「やっちまった。これ精霊系のダンジョンだ」


ダンジョンの中の隠しダンジョン。

このゲームに出てくるモンスターは現実の虫や動物が出てくることが多い。恐竜やドランゴなんかもいるけど、かなり現実に近い形で出てくることが多い。

だが精霊系ダンジョンは違う。形状は現実に即してる部分もあるがそれぞれに属性付きの魔力が付与されている。

ここは炎の魔力を帯びた精霊系ダンジョン。目の前にいる大きなカエルが燃えているもの。

大きさは2メートル弱くらい。十分でかい。


「やっばー、出し惜しみなしだな」


僕は即座にスキルを使用する。

スキルは固有の能力。僕の場合その能力は信じることによって発動する。信じる力は思い込みにも近く、発動する時は自分が信じれる言葉を口にした方が信じやすい。


「主の真実は大盾であり、砦である」


すると僕の周りに僕にしか見えない膜ができる。

このスキルを手に入れるのにどれだけ苦労したことか。それに見合うだけの力がこのスキルにはある。

攻撃力はない。だけど、防御力は破格。それに魔法が一切使えなくなり、魔力もゼロになる、というか魔力という概念が僕には一切なくなる。そのため魔力を基にした装備等も僕には意味がなくなるので装備できない。

制約は結構あるがそれでも信頼の守りがある。


「よーい、ドン!」


僕は脇目を振らず走り出した。燃えるカエルが舌を伸ばしてくるが僕は手で払う。

精霊系ダンジョンの一番厄介な所は、この比較的小さめのモンスターは群れをなして出てくるからだ。突っ走る僕にいたるところからカエルの舌が伸びてくる。

炎の魔力を帯びた舌なのでかなり厄介だが、僕とは相性がいい。迫りくる舌の攻撃の数々を僕はひたすらに手で払っていく。武器はしまってある。巻きつかれたら面倒だからだ。

燃えるカエルと遭遇する度に迂回して、広大なダンジョンを走りまくる。


「思った通り10匹はいた」


精霊系ダンジョンは難易度が恐ろしく高い。初見では全滅必死だ。だが、ひとたび対策をすればその難易度はむちゃくちゃ下がる。

最難易度ダンジョンであり、高難易度に一歩届かないのに報酬が凄く良いボーナスステージでもある。

攻略には準備がいるためお金はかかるが、それ以上に儲けが出る。最初に攻略したパーティーは勿論、以降続くパーティーにも十分に恩恵がある。だからこの情報は高く売れる。それに精霊系ダンジョンは各自一度しか攻略できない。パーティーに一人でも攻略したことがある人がいると入る事ができない。

そして残念なことに攻略しないとドロップしたアイテムや宝箱から回収したアイテムは持ち帰れない。攻略しないでダンジョンをでると消えてなくなってしまうのだ。

情報はお金になるけど、僕にとってはアイテムは持ち帰れないと言う絶望仕様。


「勘弁してくれー」


カエルの群れを抜けると今度はマグマ溜まりの池があった。

凄い熱さなんだろうけど魔力を含んでいれば僕は平気。そういうスキルだから。

マグマからは80センチ級の燃えるお魚がぴちぴちと跳ねていた。


「これ絶対飛び掛かってくるやつだ」


近寄ると案の定燃えるピラニアのようなお魚はバンバン飛び掛かってきた。

マグマの中にきらりと光るものが見える。宝箱だが僕には関係ない。

デカいお魚を叩き落としながら必死で走る。

さっきのカエルの時もそうだが、所々に宝箱がある。このゲームで宝箱が出てくるのは精霊系ダンジョンのみ。だから儲かるのだが僕には縁のない物。攻略できるわけがない。

精霊系ダンジョンはボスを倒すと攻略だが倒さなくても外には出れる仕様になっている。挑むたびに全滅では採算が取れないので、必ずそういった救済処置が施されている。

僕はその出口を目指している。

あと少しでマグマ溜まりから出れそうというところで、縞模様のウミヘビみたいなのが出てきた。

鱗がびっしりついているので爬虫類の方の蛇だ。絶対毒のある子だ。

燃えるウミヘビは巻き付いて来ようとするが、僕は一所懸命逃げる。

しびれを切らしたのか口から毒を吐いてきた。


「ああ、痛ってー。固定ダメージの毒か」


助かった。最大HP依存ダメージならきつかった。僕は防御と体力特化なので固定ダメージの毒には強い。単にHPが多いだけなのだが。

炎と毒のコンボで結構きつそうだが、精霊系ダンジョンの炎は魔法だ。僕に魔法は効かない。毒のダメージのみを受ける。

倒すことは出来ないが、来た。飛び掛かってきた。

僕は軽いジャブで応戦する。

パチンと頼りない音がするが効果はある。飛び掛かってきた勢いのまま元の場所に帰っていく。


「うし。逃げるべし」


燃えるウムヘビは目をパチクリさせながら僕の背を見つめている。

マグマの池を超えると、今度は燃え盛る炎の雑木林。


「木に登る……は流石に無理か」


視界が悪すぎてどっちに行けばいいかわからない。

うかうかするとモンスターに見つかってしまう。群れでリンチされれば僕もやられる。

どうしようと思ったら、燃える熊と猿がこっちを見ていた。大きさはリアルより少し大きいくらいか。


「もう、囲まれている……」


詰んだか。

時間は……、ゲームを始めてから10時間か。リアルでは一時間半くらいか。後もう一時間(ゲーム内では10時間)遊べるじゃん。

まだやられたくない。

一か八か木に駆け上るが別の燃える猿に腕を掴まれ振り落とされる。

なんつー握力。抵抗する暇もなかった。


「あ、ヤバ」


落下しながら下を見るとで燃える熊が待ち構え、熊手でぶん殴ってくる。

迫りくる熊手を全力で殴るとバチンといいい音とともに熊手が勢い良く後方に吹っ飛ぶ。

ダメージはないが驚いた熊は尻餅をつく。

これが人相手であれば肩関節を痛めることも可能だが相手はモンスター。所詮HPが気持ち減る程度だ。

熊は無理だ。

僕は落下の衝撃をもろに受け、少し咳き込むがダメージは少なかった。


「猿しかねぇな」


態勢を立て直し燃える猿の群れに突っ込む。幸い猿と熊は共闘関係ではなくたまたま獲物を掃除に見つけただけのようだった。猿の群れの中に熊はいない。

燃える猿は自慢の握力で僕を掴んでくるが、僕に魔法の炎は効かない。

腕を引かれたタイミングで僕はスキルを使う。

僕を取り囲む膜にはダメージを減らす他に、相手の力を跳ね返す能力もある。残念ながらそれ自体にダメージはないが、相手の力をのそまま返す事ができる。

腕を引かれたタイミングでスキルを使うと、腕を押された感じになる。

そうなると相手は混乱し掴んでいて握力が緩む。

引かれた時にその腕から逃れるのは難しいが、掴まれたまま押されるのであれば案外と抜け易い。

猿が掴んできた腕を引くタイミングでスキルを使い、なんととかすべての腕を振り切る。

相手が人間であればすぐに対処されるが初見だし猿だしなんとかなった。


だが残念なことに僕が全力で逃げるより猿の足の方が早い。

追いついた猿は僕を掴むのは諦めたのか、殴りかかってくる。


「あばよっ」


その度に猿の拳に軽いジャブを決めると、猿は驚いた顔をして後方へぶっ飛んでいく。残念ながらダメージはない。力を跳ね返しただけ。

猿を何度もぶっ飛ばしていると諦めたのか追手がいなくなった。


「ハァ、ハァ、ハァ。しんどかった。で、今度は谷かあ」


見渡す限りの深い溝。

僕は左右に広がる巨大な渓谷の底を見下ろし、どうやって向こうへ渡れるか考えていた。

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