第2話
「ミツキ。ガーディアンの特徴は?」
「7メートル級の巨大鰐です。色はオレンジと紫のまだら模様。多分毒ですね」
「毒と麻痺と腐食はあんぞ。さっきもヤバい色のはそうだった。おかげでタンクは全滅よ」
なるほど、今回も新MAPは例に漏れずえげつない。
「僕、耐性も結構ありますから、回復はなしでいいですよ。ただ腐食は厳しいです」
「回復いらねーの? まじガッチガチじゃん。腐食は口からゲロみたいなのを吐いてこない限り大丈夫だ。気合で避けろ」
「ハハ……気合。了解です」
「よし、しまっていこう!」
僕以外から「おう」と息の合った返事が返ってくる。この人達野球部仲間なのか? 運動部のそれを感じる。僕も気を引き締めていこう。
鰐は同じ位置に鎮座していた。
「まじでけーな。今日一番のデカさだわ。ミツキ行ってこい。こっちは出せる最大火力を出し尽くす。どうせこれで打ち止めだからな。最後の花火だ。全力で行くぞ!!」
「はい! ……のし…じつは大盾で……砦である」」
僕は僕を唯一のものとしてくれるスキルを使う。恥ずかしいから小声でいっておいた。
なんかいいパーティーかも。ここで全力出してくれるなんてありがたい。
パーティーの場合は全力でぶつかった方が経験値が多い。ただ消耗が激しいからあんまりいい手とは言えない。だがこの人達からは熱気を感じる。体育会系って案外いいもかもしれないな。
巨大鰐に接敵するとその瞳が僕を捉える。
目だけで拳ぐらいある。怖すぎだろコレ。
でもこれならなんとかなりそうだ。だってこの鰐、魔力がある。
時々大物になるとプレイヤー以外も魔力を持っていることがある。ゲーム上の仕様なのかわからないが不思議だ。
そんな風に考えていると、いきなり想像できないくらい素早い動きで噛みついてくるが、その顎を僕は軽く受け流すが、後方へは押しやられる。
「は?」
外野が騒いでいるが関係ない。
僕は僕に出来ることをする。どうせ僕が攻撃はしても無意味だ。だから彼らに全部任せる。
次は尻尾の攻撃。早すぎていまいち反応できないが、これもなんとか受け流すが、横に弾かれる。しかもこの尻尾毒っぽい。
すぐに態勢を立て直し鰐と対峙する。
「え?」
いちいち外野が反応するが、僕としては早く攻撃して欲しい。こんなのずっと耐えれるわけない。普通は。
――グワアアアアァァァァーー!!
すさまじい咆哮が僕らに襲い掛かる。だがこれも受け流す。
「はあぁ!?」
「あの! 早く攻撃してください! 僕辛いです!」
「あ、ああ。準備は出来てるよ。行くぞお前ら!!」
「おう!!」
「ミツキ! 俺は物理だ!」
「はい!」
最初に飛び出したのはリーダー。リーダーがぶん殴れるよう僕が隙を作らないといけない。
僕は盾で突っ込む。いわゆるシールドバッシュ。だが僕には火力がない。
巨大鰐は面倒そうに僕を見下すが、やはり目の前にいると鬱陶しいのだろう。
ガアァァ! と威嚇しながら大口を開けて噛みついてきた。
むっちゃ怖い。
口、デカ過ぎ! とビビりながらも、リーダーの邪魔にならないように受け流す。受け流すと鰐の腹が無防備になるのでリーダーの仕事だ。
「山砕き!」
リーダーが叫ぶと、持っていた大剣が更にデカくなり鰐の半分ぐらいの大きさになる。
うわー凄い。これスキルと魔法の組み合わせじゃね?
大剣を振り下ろすとなんとも言えない痛そうな音がして鰐の腹が少し裂ける。
ググギャアアアァァと痛みにもんどり打つ鰐に魔法攻撃が殺到する。
ほんとは同じ腹に攻撃したかったんだろうけど鰐が暴れるため頭や足等に炸裂する。
多分これでHPの一割は減らせたんじゃないかな。先はまだまだ長い。
何度も何度も巨大鰐の攻撃を捌きながら、リーダーたちの全力攻撃が襲う。
さっきから巨大鰐が執拗に尻尾で攻撃してくるのに違和感を感じながらも受け流すが、振り上げた尻尾が頭上で制止する。
「え?」
と思ったら尻から何かが飛び出してくるので咄嗟に盾で守る。
「うわー。えげつないところから腐食攻撃が来た……」
僕の盾が使い物にならなくなった。普通の腐食じゃない。これは浴びると即死かもしれない。
仕方ないので僕は盾を捨て槍に切り替える。
見た目は攻撃できそうだが、僕に火力はない。あくまで見せかけ。これも守るための手段に過ぎない。
結構な業物だが、それは強度と言う意味で凄いだけで、切れ味は微妙。
「ミツキ大丈夫か? お前も攻撃するのか?」
「いえ。しません。あくまで防御専門です」
「まじか。よし期待してるぞ」
「はい!」
盾で受け流している時は違和感は感じにくかったかもしれないが、槍だと上手くやらないとバレるかもしれない。僕は慎重にいつもトレーニングしている通りに巨大鰐の攻撃を受け流し、ぶっ飛ばされる。なるべく違和感がないように必死に受け流す。腐食攻撃に対しては全力で退避するのみ。
それでも、防具が使い物にならなくなる。
開始から20分が経とうとしていた。
リーダー達は全て出し尽くした感がある。下手に倒せそうなばかりに、ほんとに全力で持てる力を出し切っている。僕は常に全力だ。
「しっかしこの鰐の奴タフだよな。俺らマジで全力なんだけどなー。こいつ弱点ないだろ?」
かもしれない。僕も思う。ガーディアンと言えども恐ろしく強い門番ってことはあまりない。この一帯のモンスターのちょいボス程度がいつもの仕様なのだが、この新MAPはやはり難易度が高いのだろう。
「また腐食来ます!」
初めの腐食攻撃は尻尾を振り上げてからだったが、だんだん尻尾を向けるだけで放ってくるようになった。
攻撃が雑になってきた。このゲームのモンスターは体力が設定されているのか段々攻撃が雑になってくる。最後は暴れまくるのというが定番。
この暴れるはかなり厄介で動きが読めないうえに巨体なだけあって威力が半端ない。
いくらタンクが待ち構えていても、どこにどんな攻撃が来るかわからないのでどうして後衛に被害が出る。
「ぐわーー」
これで二人目。後衛がやられた。
僕も次に喰らったらだめかもしれない。
腐食攻撃は出鱈目で鰐自身もダメージ受けてんじゃないかと思うくらい盛大に撒き散らしてくる。
お陰で一撃死は免れているが、もう限界は近い。
だから僕も迂闊に近寄れない。そうすると僕以外にも攻撃がいってしまう。
完全に均衡が崩れた。だけど、巨大鰐も瀕死には違いない。あと一手何とかなれば行けそうだがいけない。
こんな時にマリアムがいればと思うのは未練ばかりではないと思う。
「リーダ―無理っすかね」
「悔しいが削りきれねぇ。撤退か」
僕らが諦めた時、別のパーティーが近づいてきた。
「おうおう、ゼブランじゃねえか」
「お前、ガナッシュ!! すまん報酬は出せんが力を貸してくれ!」
「こいつ無茶いいやがる。……まあいいぜ。俺らも撤退しようかと思ってたんだ。最後は盛大に行くか!!」
「恩に着る!!」
そこからは乱戦だった。
前衛は腐食攻撃を見て判断し、防げないと分かると火力担当が攻撃しやすいように誘導し、自分は散る。
後衛は、前衛が死する盾となったことを察知し、フレンドリーファイヤーもお構いなく最大の攻撃を放つ。
信頼に上に成り立っているんだろうが、思いっきりが良すぎる。
後のことなど考えず、ただただ全開。
巨大鰐が脇腹への攻撃を嫌がってると見るや否や、全員が攻撃を脇腹に集中する。
腐食攻撃がくれば誰かが盾になり散る。
大技を放った者も必要に応じて前衛とスイッチして散る。
歴戦の猛者たちが雄たけびを上げながらの特攻は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
総勢16名くらいに増えたのが、今や7人。
もう無理かと思った時にガナッシュさんの斧による投擲が巨大鰐の横っ腹に突き刺さった。
「あ、刺さった」
「おっ」
「おおっ」
「おおおおぉぉぉぉおーーーーー!!!」
「獲ったっぞーー!!」
「うおおおおぉぉぉーー!!!!」
最後の投擲が決め手となり、巨大鰐は力なく沈んだ。
「いやー、まじつえーわ。今回はいつも以上に歯ごたえのありそうなダンジョンになりそうだな」
ガナッシュさんが僕らのリーダーのゼブランさんと肩を組みなら仰向けに倒れる。
「ミツキお疲れさん。報酬は均等割りにしてるからな。ドロップに何があろうが怨みっこなしだ。まさか勝てるとはな。やっぱ俺持ってるわ。」
あっはっはははとゼブランさんの笑い声がこだまする。
「んじゃ俺らは帰るわ。こいつのパーティーに飯と情報ぐらいは奢らないとな。ミツキはどうすんだ?」
「あ、僕は少しだけ探索します」
「まだ行くか。……お前ガッツあるよな。もしパーティーに困ったらうち来いよ。お前なら使い道はいくらでもある。まあ火力はないけどな!」
「あ、ありがとうございます。今のところは大丈夫なんでご縁ありましたら宜しくお願いします」
「おうおう。いつでも待ってるぜ」
嵐のようなバトルが終わった。
この人ら強すぎ。
だが僕は思う。
僕の方がゼブランさん達より持っている。
ガーディアンがいるのであれば僕は絶対に奥に進めなかった。
それが何の縁やら、奇跡的に奥に進めるようになった。
通常ガーディアンがいる場合は倒さないと次に進めない。だからソロでは遊び尽くせないんだ。タッグであっても同じ。強いガーディアンにはタッグでは歯が立たない。マリアムがいたとしても同じ。無理なものは無理だ。
だが何の因果か、奥へ進む切符を手に入れてしまった。
僕だけが持っている特性。
それを今、十全に用いることができる。
僕は震えた。
行こう奥地へ。
ジェネシスキングダムを始めて丸一年。
僕は初めて、新ステージを最初に開拓する権利を得た。
いくら儲かるかわからない。運が悪いとゲーム内通貨的には儲からないが、別の報酬は手に入るかもしれない。
大立ち回りの後の疲れも何のその。僕は奥地へと踏み込んだ。
―――――――――
「なあガナッシュ」
「あん?」
ガナッシュ達はゼブランの奢りで気分よく酒を飲んでいた。
「さっきの鰐の情報は以上だ。……んでよう。うちのパーティーに若いのいただろ?」
「ああ、ちょこまかと動き回ってた奴な。あいつがどうした?」
「いやな。あいつ最後まで俺らの支援必要としなかったんだわ」
「は? 同じパーティーだろ? 何言ってんだ?」
同じ仲間を支援しないなんてありえない。このゲームに於いてパーティーとは運命共同体であり、同じ長いゲーム時間を共有する戦友でもある。
仲間がいないとこのゲームは遊び尽くせない。
だからこそ仲間をとても大事にする。なのに支援をしないとは意味が解らない。ガナッシュはゼブランの真意がわからなかった。
「あいつ言ってんだよな。鰐との戦闘前に自分に回復はいらないって」
「ほー、自己修復持ちか。珍しいな」
「んー、どうだろうな。俺の知る限りでは一回も回復した素振りは見せなかった」
「は? あいつの役回りは?」
「タンクだ」
「は? タンク? ありえんだろ」
「そうなんだ。ありえないんだ」
そう言ってゼブランは酒を煽った。
本音ではそれも信じられないが、巨大鰐の攻撃を軽くいなしていたことが驚愕だったのだが、そこは敢えて無視するとにした。
なんてことはない、その事実を知ったガナッシュの驚く顔が見たかったからだ。
「おそらく特殊スキル持ちだと思うが、あの鰐相手に最初から最後まで回復なしなど冗談としか思えん。でもなあ、あいつ火力はまじではなかった。あいつほんとに攻撃はからっきしなんだよな。不思議な奴だよ」
「おいおい、酔っぱらいの話じゃないんだろうな。もしその話が本当ならヤバくないか?」
「鰐は物理と状態異常攻撃だけだったからかもしれんが、それでもタンクとしては優秀過ぎるわな」
「……。勧誘したのかよ」
「したさ。でも断られた」
そう言ってちょっと剥れたゼブランに、ガナッシュが嫌味っぽく笑う。
「そうか。ぐははっ、俺が貰っていい?」
「好きにしな。しかしあんな穿った能力ってのもあるんだなー。このゲーム奥が深いわ」
「だな。それは同意する。それに酒が旨い」
「ああ、酒は最高だな。実際の身体には害がなく、こんなに旨いし気分がいい」
「だな。まあ今日はとことん飲もうぜ」
「ああ、ほんと助かったよ。……だが、もしあいつのスキルがリアルでも――」
「やめれ。酒がまずくなる。俺らはリアルでは戦わん」
「だな。わるい。飲もう」
「おうよ」
こうして猛者たちの夜は更けていく。
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