第1話
「それで、二度目の恋は散ったと?」
「うす」
「ちなみに道ならぬ恋は絶対応援しないからね」
「あ、はい。ネカマかどうかは聞けず仕舞いでしたが、僕は女の子が好きですから。あとマリアムは本名だそうです」
「そうなんだね。しかし
「……うっす」
家族にはこっぱずかしくて言えないが、背中を押してくれた
あれから一週間が経った。
もうマリアムは日本にいない。
あの後メールで少しやり取りしたが、今後はどうするかわからない。
彼女は向こうでもゲームはするようだ。
だけど今のキャラはもう使わないらしい。思い出のキャラにするんだとか。
僕はどうしようか。新しくビルドし直すか。それともこのままいくか。いや、どの道大した違いはないからこのままいこう。
何度も自問自答したが僕はこのまま続けようと思う。
ただマリアムがいなくなってからは、ほとんど狩りが出来ていない。
そもそも僕には致命的に火力が足りない。元々ソロで遊ぶようには出来ていないゲームってのもあるが、喪失感もあってやる気が減退しているのもある。
今日は大規模アップデートのメンテナンスあり、ゲームができるのは20時から。
20時かあ。20時はなんとも言えない思い出の時間になってしまった。
「よし。今夜は追加される予定の新大陸の調査に向かおう」
まだ脱力感はあるし、いまいち気合も入らないが、いつでも新しい地に赴くのはワクワクする。
この一年で随分色々な所を探索したが、やはりまだ誰の手垢も付いていない更のMAPには心が躍る。
まあ僕が行ったところでモンスターの一匹も狩れないかもしれないが。
そんな事を思いながら下校し帰宅する。
「ただいま」
玄関のドアを開け少し大きめの声で帰宅を告げると、トテトテと歩く可愛らしい足音が聞こえてくる。
「おかえんなしゃい」
堪らず抱き上げるとおにいたんとニコニコと見つめてくるので頬ずりする。
「うちの妹は最強か」
「何言ってんの。早く手洗ってうがいしてきなさい。おやつに作ったカップケーキがあるから1個だけ食べてもいいわよ。後は食後か明日ね」
「おにいたん。キャップケーキおいしいど」
「そっかあ。美味しいのかあ。
そういうと、「ちゅちゅきはね」と言いながら僕の腕の中で少し悩んでいる。
ほんとは欲しいが僕の分だから。僕に全部食べて欲しいと思っているのだろう。まだ3歳なのにいい子だと思うだ。
やっぱり少し分けて欲しいのかな、可愛い眉が悩まし気にピクピクしていて愛おしい。
僕は妹のこの姿がたまらなく好きだ。
とってもいい子に育ってると思う。
これまで親の偉大さがいまいち分からなかったけど、今は都月つつきの成長を見て愛情たっぷりのいい子育てをしているなと諸手を挙げて褒めることができる。
親は褒めてくれる対象で、こっちが褒めるようになるとは思わなかったけど、意外や意外、親を褒めると親が優しくなるという現象を僕は発見した。
最初は少し褒めるのに抵抗があった。
「流石お母さん」と褒めると初めのうちはそっけなくてそんなもんかと思ったが、何かと優遇されていることに気付いた。
少しおやつが多かったり、言葉かけがいつもより柔らかかったり、極めつけは小言がすっごく減るのだ。これに気付いた時は僕は天才かと思った。
うちの親は顔で照れないが態度でデレるのだ。
親のツンデレなんぞ僕には需要がないが、これはほんと新鮮な驚きだった。
それ以来僕は親を褒めるようにしている。
手を洗った都月つつきといっしょにカップケーキを食べながら「お母さんの作るカップケーキはこの世で一番美味しいね」と言うと都月つつきも「おいちいね」と微笑むので母さんは台所でニマニマしていることだろう。
20時までは都月つつきとしっかり遊んで、お風呂に入れて、絵本を読んであげると就寝。
「
「絵本は2000時間読むのを目指してるから」
「なによそれ。いつまでかかんのよ」
「ひと月15時間読んで11年かな。去年からだから後10年だね」
「10年って。都月つつきが中学生になるまで読むんだ。ほんとどこのシスコンよ。……
そんな風に僕のこと見てたんだ。まあ、考え事はよくしてたけどさ。
「今日もゲームやるんでしょ?」
「うん。生き残るために頑張るよ。あ、明日から大規模討伐作戦だからね」
「そうね。お弁当はいる?」
「うーん。大丈夫かな。向こうで食べるよ」
「そう。……私が言えたことじゃないけど、頑張って。お母さんより先に死んじゃだめよ」
「
「うん。おやすみー。早く寝なさいよ」
「はーい」
お母さんこそ、変わったと思う。
以前はVRゲームの有用性を必死で訴えても半信半疑だったのに、今では応援までしてくれる。
7倍加速の時間の恩恵は正直計り知れない。
読書は体が疲れない分かなり集中して読める。元々の素養がないとちょっと厳しいが、少しでも読める人ならゲーム内で読む方がいいとにすぐに気付く。時間もあるのでゆとりもある。
スポーツ等の運動にしても、イメージトレーニングの助けになるし語ればきりがない。
それに戦闘の訓練になる。
日本の友好国は軍事演習をゲーム内で行ったりもしている。
スポーツ等の試合は禁じられているが、出来ないことはないんじゃないかと思うくらいに何でもできる。
「さて、ダイブしますか」
僕はいつものベッドで横になる。
全身にピリピリと肌を刺激する電気信号が送られてくる。初めは違和感があったけど、今ではこの刺激が心地よい。
全身の状態を確認して健康に問題がないと判断されるとVRゲームの世界へと誘われる。
目を開けると馴染んだのゲームの世界。
最初は景色や人物やモンスター等の描写は雑だったが、ゲームに馴染んで現実世界で風景や人物等に興味を持つとゲームの世界が刷新される。
自分が観た美しいと思ったものがそのままゲーム内に反映されてくる。
食べ物もそう。ゲーム内での食事は自分の食べたことがある記憶と感覚に依存する。
美味しいと思って食べたものはゲーム内でも美味しい。つまり再現される。
美味しいと言われ有名店になると皆がその店に行きたがる。そこで得た美味しいと言う経験がゲーム内でも再現されるからだ。
現実で美味しいと思うものを食べれば食べるほど、ゲーム内での食事が素晴らしいものに変わる。
どんな仕組みだよと思うが開発陣もわからないらしい。ほんと謎の多いゲームだ。
そのためジェネシスキングダムというVRゲームに反対する人も多数存在する。
人間が制御できないものなんて危険だと。
僕も不思議だし少し怖くもあったけど。もう一年以上も毎日ダイブしていたらそんな感覚は麻痺する。
なんならゲーム内環境をもっと良いものにしようと、時間があるときは観光や散策に精を出すくらいだ。
外出はそんな理由もあり絶景スポットや美味しいお店が人気。
馴染んでしまえば、こんな素晴らしい世界なのに知らないなんてもったいないと思う。
人それぞれだけどね。
明日は仕事のため朝6時に出発しなきゃいけない。今から三時間やって21時間か。十分だな。
「さあ、どこまで行けるか楽しみだ。確か大都市ならどこでもいいんだったかな」
新MAPが追加されると、いつも人がごった返す。
だいたいはMAPの端っこにみんなスタンバってたりするんだけど、今回は各大都市の大庭園からの移動らしい。
大庭園は例に漏れず凄い人だかりだった。
「えっと、入場料払ってワープゲートから移動と。んー、3か所から選べってか。どうしようかなー」
初めに入れる場所は、密林か大草原か断崖絶壁の3か所のようだ。
今回のような世界MAP上に存在しなくて、ワープのみでの移動の場合はなんてたって敵がむっちゃ強い。
対策も練りようがないので、どんな強者でもサクッと負けて帰ってくる。だけど何度でも即挑めるから案外楽しい。僕の場合は敵を狩るのは絶望的だから、あくまで散策と調査がメインとなる。
調査と言ってもマッピングして新し採集物がないか調べるだけ。まだ更新されていなければその情報は公式のギルドで買い取ってくれる。
そこそこの儲けにはなるけど、競争率が激し過ぎてまず売れない。
屈強な猛者たちを退けて誰もが踏み込んだことのない地を更新するのは至難の業だから。
僕の場合はほとんど散策になると思うけど、希望はある。
「うし。いつも通り森にしよう」
密林を選択すると、砂浜に飛ばされた。
後ろは侵入不可の大海原。前はジャングル。周りには結構人がいっぱいいる。
こういうのはありがたい。大体みんなは敵と戦うことを最初の目標にしている。
僕は真逆。
僕は敵を避けて、行けるとこまでマッピングするのが目的。敵と遭遇したら負けなくとも倒せないから。
ちょっとぐらい擦りつけても全く文句は言われない。
「さあ。走っちゃおうかな」
実際の肉体と違いゲーム内の身体は軽い。しかもあんまり疲れない。一応息が切れてきたりはするけどオマケみたいなもの。心と精神とイメージ力と思考で体は動くので自由度がすっごい高い。
体は素早く動くし、変に疲れたりしないからずっと動き続けれる。ああ、なんか解放されてるって感じ
「やっぱり、走ってるだけで結構楽しい」
臆することなくジャングルに飛び込み、敵を気配を探りながら静かにそれでいて素早く僕は駆ける。広い広い新天地を駆け巡るのはなんか開放感がある。
このゲームに雑魚敵は存在しない。雑魚と呼べるものは採集対象の虫や動物。
モンスター等の敵はむちゃんこ強い。強いので群れていない。群れている場合はいくつかのパーティーで組んで対応するくらい大変。レイドバトルはボスばかりでなくモンスターの群れもその対象になる。
初期の方のMAPですら強い。そのかわり勝てなくても経験値は貰える。勝てればアイテムもドロップするからありがたいけど、ソロだと倒すまでに時間が掛かってしょうがない。その分経験値もすごく多いからキャラ育成には困らない。
新MAPのモンスターの旨みは、モンスターの情報がお金になる。モンスターの弱点や動作の傾向、はたまた生態や出現場所なんかもガンガン買い取ってくれる。それに倒すと必ず新アイテムをドロップする。しかも経験値もむっちゃ多いからキャラ育成もどんとこい。
かなり長い時間走り回った。おそらくこの辺りが終点だと思うんだけど。
「ヤバ、敵発見」
僕は茂みに隠れて様子を伺う。
しかし今回の敵はでかいなー。
道中戦っているパーティーを横目に走ってたけど、どの敵も軒並み5メートくらいの巨体だった。
今少し離れにいる敵も全長7メートルほどの巨大鰐
(デカすぎてキモッ)
大型の昆虫や動物には随分慣れてきたとはいえ、ゲーム内のモンスターはグロさが一味違う。
カッコイイと言えばそうなのかもしれないが、無駄に強そうだし嫌悪感を抱く色だったりする。
この鰐は紫とオレンジのまだら模様。
「これ絶対毒持ってる奴だ。それにガーディアンっぽいな」
今回はついてない。ガーディアンであればこれを倒さないと奥には進めない。
仕方ないか。次は草原いこうかなと考えてると6人くらいのパーティーの人達が接近してきている。
ちょっとコバンザメさせてもらおうかな。断られたら諦めよう。
巨大鰐を後にし、パーティーのリーダーかなと思われる人に声を掛ける。
「あの、少し先にガーディアンっぽいのいるんですよ」
「あ? まじ? みんなどうするガーディアンだってさ」
彼らの結構ボロボロだ。もしかして何戦かしてきた猛者かもしれない。
「ああ、挑んでもいいんじゃね? ダメ元だし。ラッツ達落ちたから無理だろうけど」
「俺も賛成。一旦負けて戻ってもいいし」
どうやらフルメンバーではないらしい。
「んじゃ、やるか。あ、お前はどうすんの? パーティーは?」
なんて優しい人なんだろう。寄生させてもらおうと思ってたのにそっちから振ってくれるなんて。
「実は僕、パーティーとはぐれて一人なんです。もしよかったパーティーに入れてもらえませんか?」
はぐれたわけじゃないけどソロって言ったら怪しまれるし、元は二人だったんだしギリギリ嘘じゃないと思いたい。
「いいぜ。どうせ無理っぽいし報酬は決めなくていいか?」
「あ、はい。万が一勝てたら均等割りにして頂ければありがたいです」
「うし。決定だな。お前の役割は?」
「あ、スペシャルの……」
「おいおいスペかよ。ダメじゃん」
「いえ、防御特化のタンクですから硬いっすよ」
「ああー、まじ?」
「ええ。攻撃力が雑魚ですが」
「ははっ。お前面白れービルドしてんな。硬いんならいいぜ。タンクよろしく。うちもさっきタンクが三人やられて帰ろうか悩んでたとこでな。まあ俺って運持ってるから。……パーティー申請したぞ」
「はい。よろしくお願いします」
僕は久し振りにマリアム以外の人とパーティーを組むことになった。
「ちなみにタンクはお前……あー、ミツキか。ミツキ一人だから。ミツキがやられたら全滅だから頼んだぞ」
うそん。
僕の役割いきなりハード過ぎね?
どうやらタンクは全滅してたらしい。
ってかこれ勝てないパターンだよね。
どうやら僕はこのリーダーと違って、持っていないらしい。
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