終末開幕

まくつ

【終】

『おめでとうございます。皆様方の惑星は終末ショーの舞台として選ばれました』


 その日、世界中の人間の脳内にその声は流れ込んできた。


『この惑星は今から七回自転した時に終わりを迎えます。皆様方におかれましてはどうぞショーを盛り上げてくださいますよう、終末ショー実行委員会からお願い申し上げます』


 脳内に直接語りかける謎の声に人々は困惑した。しかし、そんな困惑は一瞬にして晴れることとなる。考えられる中で最悪の形として。


 突然、世界各地の放送電波がジャックされた。誰も対応できず、一瞬にして。世界はそこで『謎の声』が只者でないことを理解した。しかし、真の驚愕はこんなものではなかった。


 ジャックされた放送には地球を宇宙から眺めた映像が映っていた。南極点の直上から地球を見下ろすような映像。あまりの鮮明な映像の美しさに人々が息を呑んだ、その時だった。


 ぢゅょっっっ!!!


 人間の言葉で表現可能な音声ではなかった。言語化不能の奇妙な、心底気持ち悪いと感じる音と共に、南極大陸は消滅した。


 文字通り、跡形もなく。まるで最初から存在しなかったかのように消滅した。


 そのまま画面に映っていたのは、ほんの一瞬前まで南極大陸が存在していたその場所に大量の海水が全てを押し流す濁流と化して押し寄せる光景だった。大いなる奔流は一時間も続き、ついに南極が存在していた証は消えた。


 誰もが笑った。どう考えても精巧なフェイク映像だった。しかし、それは裏切られた。


 異変に気がついたのは海の者達だった。そう、大陸レベルの超弩級質量の堆積は計り知れない。それが一瞬にして消失し、跡地に一気に水が流れ込んだものだから世界の海流が変わった。すべての船は南に流され、不幸にも多くの船が濁流に飲み込まれ、海の藻屑となった。


 そして、海面が下降した。世界全土の標高は例外なく二メートル上昇した。


 放送が復旧し、前代未聞の驚愕は世界中を一瞬にして駆け巡った。


 混沌が、幕を開けた。


『私の力はご理解頂けたでしょうか。終末まで、あと七自転です』


 そこから先は早かった。二百年の歴史が紡いだ近代文明の崩壊には一日も必要なかった。


 渾沌という言葉がぴったりだった。誰が何を言おうと意味はなかった。


 文字通り世紀末の世界。世は乱れ、国家権力は形骸化した。


 犯罪が蔓延った。


 報道は意味をなしていないからあくまで噂程度なのだが、事件の内訳は殺人と強姦がツートップを占めているらしい。なるほど道理だと思う。どうせ終わる世界で盗みをして金持ちになったところで仕方ない。だったら恨みのある奴を殺し、性欲を発散して気持ちよく人生を終えようとする人間が出てくるのも理屈は分かる。勿論俺はやらないが。


 そんな終末を待つだけの世界で俺は何ができるのだろうか。


 結論、特になにもできない。


 あれよあれよと六日が経った。南極が消滅したせいなのか地球の自転が徐々に早まっているらしい。確かに、壁の時計と太陽の動きがどうも合わない。テレビもラジオも新聞も滅んだ今、滅亡までの正確な時間は誰も知らない。


 今日が、人類最後の日なのだ。


 昨日は彼女と最後のデートをした。電気もガスも止まっているし外に出れば襲われる世。まともなデートになるはずがなかったが、最後の時はたまらなく甘美だった。家族は暴徒に襲われて死んだ。最後の日、つまり今日は好きな漫画でも読みながら滅びを待つ予定だ。ああ、ワンピースの完結を見ずに死ぬのは悔しいな。でもヒロアカが最後の最後で完結してよかった。


 さて、日が傾いてきた。


 あの声を聞いたのはグリニッジ標準時での深夜零時。つまり、終末は明日の朝九時。時間が狂っている今それは定かではないが、恐らくもう一度太陽が昇る頃に終わるんだろう。


 徹夜で漫画を読み明かそうかどうか迷ったが、眠ることにした。どうせ終わるのなら、清々しく。朝焼けを眺めながら爽快な気分で逝くのがいい。


 眠ったまま終わるというのも乙なものかと思ったが微妙だ。逃げるってのはそんなに気分がいいものじゃない。最後まで向き合ってやるのが俺のポリシーだ。


 どんな風に終わろうか。ジャンプしながらというのは定番すぎるだろうか。どうせなら、俺にしかできない終わり方をやってみたい。逆立ちしながら? つまらないか。


 考えても仕方がない。ふかふかのベッドに潜り込んだ。



 ◇ ◆ ◇



 気持ちがいい朝だ。ここで雨なんか降っていたら激萎えだった。雲一つない大空、素晴らしいじゃないか。人類の終わりに相応しい。


 ふと、この状況を受け入れている自分に驚く。


 ここまで達観できるのか。昔自分が死ぬ時を考えたら眠れなくなっていたのに、いざとなれば随分とあっさりしているものだ。諦めとで言おうか、この世に未練はない。


 それでも。


 悪くない人生だった。平々凡々という言葉がぴったりの普通の人生。それでも、俺だけの人生だった。トータルで言えば楽しかった。


「死にたく、無いな」


 そう呟くと、堪えていた想いが堰を切ったように溢れてきた。ひとしきり泣き叫ぶ。もはや体面なんてないのだから、気にすることはない。


 感情の濁流を吐き切ったら、幾分か楽になってきた。最後の時はどうやって過ごそうか。


 色々と考えた結果山にでも行こうと思った。どうせなら綺麗な場所がいい。


 車を出して、人生最後のドライブだ。チンタラ走っていては襲撃される。死体と瓦礫のデスロードをアクセル全開で駆け抜けた。


 家からほど近い山。標高700メートル程度のこの山は車で頂上近くまで登れる。同じ考えの者がいるようで、駐車場にはちらほらと車が停まっていた。


 頂上の空気は澄んでいる。小鳥のさえずりが耳を心地よくくすぐり、深呼吸すると新鮮な空気が全身を満たした。とても今から世界が終わるとは思えなかった。


 太陽が、登る。


 終末の時は、近い。


 頂上に興味はない。人気のない眺めの良い場所を見つけ、腰を下ろす。水筒から温かいコーヒーを一口飲んだ。全身に心地よい苦みが染み渡る。


 そういえば、自転が狂っているから正確な終末の時は分からないのだ。今この瞬間に滅んでも、おかしくない。


『さてさて皆様方、七回の自転が無事完了しました。終末の開幕で御座います』


 忌々しい声が脳内に流れ込んでくる。


 ついに来た。ああ、とうとう終わりなんだ。


 どんな風に終わるんだろうか。吸い込まれるような感じか、押しつぶされる感じか。はたまた全く未知の感覚なのだろうか。


 覚悟はできている。いつでも来い。


 静寂が流れる。


 しかし、終わりは来ない。


「………おい、まだかよ」


 そう呟くが当然、反応などない。


 一分か、十分か、一時間か。どれだけかかったかは知らないが、時間が流れた。


 それでも、終わりは来ない。


 ドゴォォォォォンンンン!!!


 見下ろす街に、爆発があった。


 滅びの狼煙というには、あまりにも貧相。


 刹那、脳裏に閃くのは最悪の可能性。


 『終末ショー』。その言葉が脳内を駆け巡る。


「まさかッッ!!!」


『さてさて、勘の良い皆様方におかれましてはお気づき頂けたかと思いますが』


 忌々しい声が、脳を蝕む。


『私どもにとっては、皆様方を滅ぼすことなど造作も御座いません』


 そうだ。考えてみればその通りだった。つまり、これは。


『ならば暴力で滅ぼしても華が無い。そこに狂乱の生み出すリアルは無いのです!』


 外れであってくれ。そう思うが無情にも答え合わせは進む。最悪の仮説を裏付けるように。


『それでも、滅びというのは美しい。最高のショーなのですよ』


 知っている。俺達人類も散々楽しんできたのだから。


『自分の手で滅ぼしてもつまらないが、滅びは見たい。ならば、皆様方が自分自身の手で滅んで頂ければ良いのです!』


 結論は、出た。


 ああ、これこそが終末だったんだ。


『後には引けぬ人の子よ。壊して、奪って、殺して、犯して、滅びなさい』


 街中に爆音が轟き、狂乱が幕を開ける。


 ついに、始まったのだ。


 奴らの『ショー見世物』が。


 本物の『終末』が。


『全宇宙の紳士淑女の皆様方、大変長らくお待たせいたしました。待望の終末リアリティショー。太陽系第三惑星は地球を舞台に只今、開幕を宣言致しますッ!』



【始】

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終末開幕 まくつ @makutuMK2

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