第19話 解決案はシンプルに

「そうだよ。シズクがいつの時代に生まれ変わるかわからない以上、世界情勢が不安定すぎるのは困るからね。戦乱の世だったら君が幸せに暮らせないから、帝国の皇族に幾つかの術式をかけておいた。それとクレパルティ大国を三つに分けたのは、帝国側が一部領土を得たことで争いの収め処にするためだったかな。次に西の森の領土を広げたのは、帝国で奴隷にされた者たちの解放と居場所を提供するため」

「なるほど……(そういえばエルフの一族は人族を怨んでいるって……もしかして、彼らが?)」

「残る領土は、元々王都かつ技術職人の攻防のある区画と、林檎農園の割と豊かな土地に絞った。北と西の入り口でもあるので貿易都市にすれば、滅びずに栄えると思っていたからね」


 エディ様は真っ青な顔をしており、ジーナ王女は「うんうん!」と共感していた。今の流れでどの辺りに共感したのかしら?

 スケールが大きすぎることに慄けばいいのか、ルティ様らしいと言えばいいのか……。どこまでも基準が私なのね……。そう考えるとルティ様らしいと思ってしまう。


 そしてどこまでも私のことを諦めないで、逃さずに、待ち望んでいたことが、重いし、ちょっぴり怖いと思ったけれど、「ルティ様だから」で片付けてしまえるのは、惚れた弱みだろう。

 でも最初に、この話を聞かなくてよかったかも。


「前回は生活環境と周囲の者たちによって、大いに邪魔されたことを学んだ。お互いが思い合うための時間を捻出することも大事だが、生活でも心労を掛けたくなかった」

「……だから、王宮ではなく一軒家を用意したの?」

「ああ。……シズクに家事スキルがあったのは、嬉しい誤算だったけれど」

「わかるわ。《片翼》のためって思うと、頑張っちゃうもの!」


 《片翼》のため。前世では呪いのような言葉も、今は少し苦手だけれど、単に器として選ばれただけじゃないから、大丈夫。

 ……大丈夫。


「…………」


 やっぱり大丈夫そうではないので、すすっ、とルティ様の尾に抱きついた。モフモフでフワフワ。怖い気持ちも薄らいでいく。ミントに似た香りに落ち着く。好き。


「シズクが自分から寄り添って……可愛い」

「いいなー。私もエディともっと仲良くしたいわ!」

「コホン。……初対面に近しい間からで、いきなりあの二人のような距離感には応えられそうにない」

「むーー」

「だが、努力はしよう」

「ふぁあああああ! 好き」


 エディ様はジーナ王女の髪を一房掴むとキスをした。サラッとできるところが、小慣れているというか、女性の扱い方に長けているように感じるわ。

 あれ? 私たちよりスキンシップやお互いのことわかっているのでは? そりゃあ私たちは恋愛初心者マークの二人同士だけれど。


 ルティ様に視線を移した瞬間、頬に唇が触れた。うん、話が進まない──と困っていたのだけれど、そんなことはなかった。


「帝国はペルニーア小国、西の森フェアリーロズに干渉しない。それは末代まで変わらない契約だが、どうやら初代皇帝と同等の強欲な者がいたようだ。火種は早々に払うに限る。……シズク、ペルニーア小国の林檎で作ったアップルパイが食べたいな」

「ルティ様……それって」

「少し早いけれど、初旅行がてら小国を救ってしまおう(冬の間、あの男がこの空間に居続けることに比べれば、そのほうが手っ取り早い)」

「大賢者様。よ、よろしいのですか?」

「ああ、森の大賢者としても帝国の増長は見逃せない。……何より私とシズクの仲を──《片翼》との絆を利用しようと目論んだ魔女は、絶対に許さない」

「あ。それは私も♪ キッチリと始末しないと」


 ルティ様とジーナ様の意見が一致したようだけれど、この二人だけだと暴走しそうだと直感で思った。エディ様も同じ危機を覚えたらしく、私は初めて《片翼》の片割れ同士として仲間ができたようで嬉しくなる。前世で《片翼》と出会うことはなかったのだと、改めてブリジットの世界はとても狭い箱庭だったのだと思い知った。


 その後、エディ様とルティ様は手早く計画を詰めていった。年の暮れに国を挙げて《聖夜の鐘祭》が執り行われるという。

 その日にルティ様と私たちが乗り込んで短期決戦で挑むと教えてもらい、何故か私とジーナ王女のドレス選びに話が飛んだ。なぜに。

 魔導具のベルを使って商人を呼び出すほどだ。でも力の入れ具合が間違っているような?



 ***



「いやーー、素材が良いからでしょうな! お二人ともどれもお似合いです」


 今回訪れた商人は七三の髪型にキチッとしたスーツ姿の男性だ。手をモミモミしているところが、なんともヨイショする商売人らしい。

 私はAの形のラインドレスで、ウエストラインが高い位置にあり、縦のラインを強調させるシンプルかつ清楚な雰囲気で、スカートの広がり方も素晴らしい。スカートにはレースがふんだんにつかわれており、宝石もついて──かなり高価だというのだけは察した。そしてなぜ白なのだろう。これって結婚式的なドレスじゃ?


「シズク、好きだ。付き合おう」

「ルティ様、落ち着いてください。そして私たちはもう付き合っています」

「そうだった。……結婚しよう」

「結婚を前提に付き合っているので、結婚の約束もしていますよ」

「うん。好き」


 これ以上ないほど嬉しそうにする姿に、自分も口元が緩む。ちょっと恥ずかしいけれど、ルティ様の耳元で「…………私も好きです」と答えた。

 私だってルティ様のことが好きなのだ。ルティ様ほど積極的ではないかもしれないけれど、気持ちを言葉して伝えていこうと決めたのだ。前世のようにすれ違わないように。

 そう勇気を出してみた結果、思いのほか刺激が強かったのかルティ様は乙女のように恥じらっている。普段、色々私にするくせに私からする時に、その顔は狡い。


「エディ、ど、どうかな?」

「背の高い君ならマーメイドドレスがよく似合っている。特に腰のラインも出ていて、色合いも綺麗だ。このまま式を挙げてしまいたい」

「きゃーーー♪ ダーリンたら」


 エディ様とジーナ王女はキャッキャウフフと幸せそうにドレス選びをしている。なんというか私とルティ様とは違った雰囲気だな、とほのぼのした気分だ。ちなみに王子は呪いの効果が無力化したとはいえ、私に接触するのはあまり良くないということで、住みこみで魔法研究倉庫の片付けの依頼を受けている。

 私が傍にいなければ自分大好き野郎ナルシスト勘違い男自惚れ屋状態は出ていないこと、魔法大好きなカシミロ殿下は、毎日楽しいとエディ様に話していたとか。一人だけ約束を反故にして申し訳ないと思っていたのだが、本人が喜んでいるのでホッと胸をなで下ろした。あと呪いの解除は魔女を殺──灰にしたほうが早いらしい。穏便に……と言ってみたけれど、ルティ様は「うん、穏便に滅ぼすよ」と……。


 もうじき今年が終わる。

 本当に色んなことがあった年だったと思い返しながら、私の中では十六年ぶりの祖国に少しだけワクワクしていた。それをルティ様はちょっと勘違いしていたけれど、それを知るのはもう少し先。


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