第20話 怒濤の展開

 

 《聖夜の鐘祭》。

 ペルニーア小国の中央広場には時計塔がそびえ立ち、その最上階には七つの鐘が設置されている。毎日朝と昼と夜に鐘を鳴らすのだが、年の終わりには七つの鐘を同時に鳴らして、年の始まりに同じく七つの鐘を鳴らして空に花火を打ち明けるという。


 花火はどれも芸術品で美しい。その光景を眺めつつ、天馬の馬車で私たちはペルニーア小国に訪れた。

 突然の天狐族の来訪に、ペルニーア小国の王ディアス様は驚きながらも出迎えた。くすんだ金髪に、ふっくらとした中年の男性で、身綺麗ではあるが淀んだ瞳に、権力者にはペコペコする姿はなんというか器の程度が知れた。エディ様たちは私たちの従者として神官風の服装で変装して付いて来ている。


「これは、これは! 天狐人様とお会いできて光栄でございます!」

「近くまで寄ったので、妻と挨拶に寄っただけだ」

「それは、それは!」


 妻って設定だけれど、慣れないから恥ずかしい! 照れちゃう。

 私はルティ様にエスコートされて、Aラインのドレスに身を包んでいる。髪も結って貰い、ルティ様と並んでも見劣りしないぐらいには化けたと思う。たぶん。もっともブリジットよりも胸や色気はないけれど。悲しい。

 そんなルティ様は片方の角が折れてしまっていても、正装した姿は目が潰れそうな程美しくて、素敵だった。私もルティ様に負けないように天馬の馬車で移動中は褒めちぎったので、ルティ様はいつになくご機嫌だった。


 王家主催のパーティー会場に突如現れた天狐族を見て、貴族たちは目を見開き歓喜の声を上げた。この時代でも天狐族に対する羨望は変わっていないようだ。


「みな、新たな年を迎えた今日この日に、またとない高貴なる方々をお招きすることができた! 天狐様とその奥方に拍手を!」


 盛大な拍手に対して、ルティ様は口を開いた。ディアス様を含めた王国貴族たちは祝福の言葉を期待していただろう。けれど──。


「今日、ここに私が訪れたのは、この国の何者かが私の《片翼》である愛しい妻に危害を加えようとしたからだ。よくも《片翼》を狙うなどと愚行を思いついたものだ」


 声を荒げたわけでもないが、一瞬でその場を凍り付かせる空気にパーティー会場が静まりかえった。隣に立っていても、ルティ様がもの凄く怒っているのが肌で感じる。

 その殺意は夢で見た──私が死んだ日に似ていた。私を失うかもしれない、損なうかもしれない。それだけでルティ様は簡単に小国を滅ぼすと決断してしまう。苛烈で深い愛情を持つ四大種族を、人族も侮っていたのだ。

 《片翼》は人身御供で、贄だから、と利用した末路。


「人族にとって《片翼》の重要さを理解していないようだったので、これを機に自分たちがどれほど愚かなことをしたのか、身をもっていると良い」

「な、ま、お待ちください! 何のことを」

「叔父上、全て天は見ているのです。そして私を殺そうとして簒奪した玉座を、天は認めなかった。そういうことです」


 神官の一人に扮していたカシミロ殿下は認識阻害の魔導具を取り外して、その姿を現す。それと同時にエディ様とジーナ王女も本来の姿を見せた。突然の王子と次期宰相、そして鳥竜族の姿に困惑と動揺が走る。


「なっ、カシミロ!?」

「王子が健在だった?」

「事故死というのは嘘だったのか?」


 ざわつく貴族たちにカシミロ殿下は堂々と今回のことを語った。鳥竜族の第八王女ジーナがエディを《片翼》と選んだことを知って王子諸共事故に見せかけて殺す算段だったこと、わざと騎士団と分断したこと、《片翼》の一途さを利用して王子に呪いを掛けていたことも淡々と説明し、ディアス様の顔色は真っ青から土色に変わっていた。


「この小国を滅ぼしても、私の怒りは収まらない」

「ルティ様」

「コホン。……幸いなことに私の妻は寛大で慈悲深い。主犯だけに罰を与えるべきだと懇々と諭した。だから簒奪王、お前と《片翼》を害する術式を作り上げたそこの魔女、そして裏で糸を引いていた現皇帝のみを滅ぼすだけで済ませてやる」

「お、お許しを、どうか──ああああああああああ!」


 瞬時にディアス様の体が石化して崩れていく。あまりにもあっけなく人の命が途絶えたことに驚き、ルティ様に寄り添った。モフモフな九つの尾が私を労るようにすり寄る。モフモフ最高。


「次は魔女だな」

「わ、私は依頼されただけですわ!」


 突然気が狂ったかのように叫んだのは、漆黒の服に身を包んだ魔女だった。とても美しい月の女神のような女性の傍には、幾人もの騎士が控えていた。


「どのような結末を迎えるのか、魔女が知らないとでも?」

「わ、私を殺すのなら、貴方様の《片翼》に死よりも恐ろしい呪いを掛けて差し上げますわ! 呪いであれば私のほうが一日の長がありますもの!」


 何もないところから巨大な杖を取り出して術式を編み込む。悍ましくも黒々とした光の魔法円が幾重にも展開する。これはまずのでは?


「それはダメですわ!」

「シズク」

「そもそも呪いごときに、私が屈するとでもお思いですか!?」


 思わずルティ様に抱きつく。今、私が害されれば今度こそルティ様は狂ってしまうかもしれない。すでにいろいろ拗らせているのだ、これ以上は絶対に不味い。というかそんなゴタゴタや面倒には巻き込まれたくない。

 今世はルティ様とほのぼのライフを満喫するのだ。呪いだとかにかまけている時間は一秒だってない。

 

「今世で私はルティ様と幸せになるのですから! 呪いごときが邪魔をなさらないで!」

「シズク、……惚れ直した。愛している、結婚しよう」

「んんっ、(こんな時にキス!?)……ッ、ルティ様、空気を読んでください! それとすでに結婚していますから(設定上は!)」

「そこまで言うのなら、私の呪いを受け──」


 パチン、とルティ様が指を鳴らしただけで、複雑な幾何学模様と魔法円がガラス細工のように砕け散った。


「へ。あ、あああっ……」

「その程度でよく私に挑んだな。私からお前に呪いを返しておいてやる。お前の魂が滅びるまで何度でも絶望するがいい」

「あ、あああああああああああああああ……」


 ディアス様と同じく肉体が石化してあっという間に砕けてしまった。魂と思われる光も石化して塵芥となって消え去る。


「次は皇帝だな。アレは300年前の約定も守れなかったのだ、毒が全身に回って数時間後には死ぬだろう」


 静寂。

 ガチの報復に人々は慄いた。そして身をもって《片翼》に害をすることが何を意味するのか、人族が魂に刻んだ瞬間でもあった。

 これ以降、《片翼》を政治的に利用することすら危ういという恋愛小説、劇場、吟遊詩人による歌で知れ渡ることになるのだが、それはまた別の話。


「簒奪王と魔女、そして黒幕だった皇帝は天の捌きを受けた。以後は私がこの王としてこの国を支える。私には次期宰相となるエディ、そしてその片翼となるジーナ王女。彼女の鳥竜族からの支持も得た」

「私がカシミロ・ペルニーアを次の王と認める。異論がある者は前に出ろ。今、出てこずにこの男を害する者は皇帝と同じように毒で死ぬ。そして新たな王よ、お前も良き王でなければ──分かっているな」


 カシミロ殿下は片膝を突いて深々と頭を下げた。貴族たちもそれになって頭を下げる。


「委細承知しました。此度は我が国の問題に尽力して頂き、感謝の言葉もありません」


 この辺りはシナリオ通りで、その後パーティーも継続して続ける形で幕を下ろした。簒奪王と新たな王の即位というニュースは瞬く間に国に広がり、帝国も届いた。

 同時刻、皇帝が突如毒に犯され数時間後に死亡。場は騒然となったが、天狐族の怒りに触れたとルティ様の使い魔の登場で混乱は最低限で済んだらしい。


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