第18話 新たな問題

 唐突にこの王子は、何を言い出しているのだろうか。

 やっとルティ様の機嫌が良くなったというのに、空気を読んでほしいわ。そう思ったのだが、カシミロ殿下の勢いは止まらない。


「分かっています。僕が目配せしたのがいけなかった。なんて罪作りなのだろう。ああ、なんという悲劇。僕が美しくて、高貴な存在だったせいで……」

「シズク。少しの間、目を閉じてくれ。すぐに済ませる」

「ルティ様、殿下のことを消し炭にする気でしょう!?」

「いいや」


 にっこりと笑っているが、目が一切笑っていない。モフモフだった尻尾も逆立っているし。


「消し炭なんて生ぬるい。私のシズクによくもそのような戯れ言を……妙な術式が掛かっているので警戒していたが、こうなったら──」

「(ん? 今なんかすごく重要なことを言っていたような!?)ルティ様、術式って……」

「ああ、今すぐにでも僕が抱きしめてあげたい。しかし君は囚われのお姫様」

「シズク殿、ルティ殿! 殿下から何かを受け取っては────って、遅かった!」

「ひゃあああ、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 なにごと!?

 ドタバタとエディ様とジーナ様が階段を駆け下りて来た。またしても意味深な発言! しかもなんだか手遅れっぽい!?

 今にも殿下を灰燼としようとするルティ様を宥めて、私が惚れていると勘違いしているカシミロ殿下はエディ様とジーナ様が取り押さえてくれた。二人の話をまとめると殿下は《大鴉の魔女》に呪われているという。


「《片翼》の片割れに贈物をすることで発動する呪いのようです。発動すると自分大好き野郎ナルシスト勘違い男自惚れ屋状態になるとか……。殿下は魔法関係に詳しいのですが、時々どんな魔法か、呪いかを試したがる癖がありまして……」

「そうか。よし、殺そう」

「ルティ様ダメですってば!」

「《片翼》と知って求愛する者など殺されても文句は言われない。それだけの者に手を出したのだから」

「今は平常じゃないのですよ」

「シズクは優しすぎる。しかし罰は必要だ」


 目が笑ってない、ガチだ。

 だからずっと不機嫌で、私と接触を控えさせようとしたのね。術式の特定まではできていなかったから離れるように動いてくれていたのに、私が余計なことをしたからルティ様を不安にさせてしまった。


「ルティ様はいろいろ考えて動いていたのに、……意図を汲めなくてごめんなさい」

「シズクが謝る必要はない。私が廃除する、遠ざける選択肢を選ぶ前に、シズクに相談して二人で考えてから対応すべきだった。……ごめん」


 一つのことを決めるのに、私はお互いに相談慣れしていなかった。だから今回のことが起こったのだと反省する。


「ううん。私も悪かったの。だから次は報告、相談、連絡をしっかりしましょう」

「わかった。シズクとこうやって一つ一つ決めていくのも案外楽しい」


 怒りも収まったのか、先ほどまで逆立っていた尻尾がふわりと私を包み込む。むぎゅっ、と尻尾に抱きついたら嬉しそうだ。


「──という感じで、ルティ様は落ち着けたけど……危なかったわ」

「ごめんなざい! ううっ……。私がエディのこと《片翼》だって、嬉しくなって周りに話したの。たぶんその時に……」

「王子の叔父上──ディアス様の一派がそれを聞いて、自分と殿下諸共、ジーナを利用して亡き者にしようと考えたようだ」

「よく気付きましたね」

「ああ。最初はジーナと《片翼》についての擦り合わせと、お互いの趣味や人生観などを話していた。その過程で──」


 お見合いみたい。そういえばブリジットの記憶には、お見合いみたいな場は設けて貰えなかったわね。常に夜の甘ったるいお香の焚かれた部屋で──って、変なことを思い出してしまったわ。恥ずかしい!


「?(よく分からないけれど、シズクが可愛い)」

「──という感じで、ジーナが『王子が変な術式が付与されている』ということから、元々は自分とジーナに殿下が割って入って逆上したジーナ、もしくは自分が殿下を殺す、あるいは仲違いするように画策したようだ」

「シズク、小国なら半日もかからずに滅ぼすけれど──」

「それやったら口聞かない」

「止める」

「うん」

「シズク……」


 ルティ様は尻尾で私を引き寄せると、ぎゅうぎゅうに抱きしめる。私は抱き枕ではないのですが、それでルティ様が大人しくなるのならいいか。《片翼》になってまだ一日目だと何かと不安に陥り易いのかも? この幸福が消えてしまったら、どうしようと──。


 それは無理もないことだわ。ブリジットの時、ヴィクトル様が過ちに気付いたのは、手遅れになってからだった。

 だから些細なことに対して過剰な反応をしている。ブリジットとしてのトラウマが私にも残っているように、ルティ様の心にも深い傷痕が残ったまま。今すぐに大丈夫って言うだけじゃなくて、もっとルティ様を大事にして、大切だってお伝えして、一緒に居よう。



 ***



 話がこれ以上拗れると面倒になるので、殿下には術式を封じる魔導具を付けた後、リビングのソファに寝かせている。


 検証の結果、発症の原因は懐中時計を渡したことで発動したらしい。エディ様とジーナ王女をターゲットにしたのに、よりにもよってルティ様と私で条件発動するとは運がない。いや結果的に最悪な事態にならなかったことを考えると、運が良かったと考えられなくもないような?


「エディ様、王子の叔父に当たるディアス様は、国を収めるに値する器の持ち主なのですか?」

「正直、帝国の傀儡となる予感しかありません。我が国は300年ほど前、クレパルティ大国が三つに分かれて誕生した国です。西の領地は、西の森貿易都市アルブム、中央の領地は我が国、そして北の領地はガスティナ帝国の領地となりました」

「(ブリジットの記憶では、帝国の名前もなかったわ)帝国はいつからあるのです?」

「確か……」

「315年前にある王族の隠し子が王位を簒奪し、そこから帝国を名乗り、周辺諸国を陥落させて302年にガスティナ帝国とクレパルティ大国との間で全面戦争になった。帝国は多種族の奴隷化をしていたことで天狐族の怒りを買い、暴君を排除。帝国は暴君皇帝の死後、内政に尽力し、周辺諸国とは和平あるいは不可侵条約を取り結んでいる」

「(めちゃくちゃ詳しい。でも私が亡くなったのは360年前、……300年前まではクレパルティ大国はあった。となるとブリジットが見た火事はなんだったのかしら? もしくは私を追い詰めるために見せた幻? それともあの火災で大国としての国力が衰えた? ……ん? 天狐族?)もしかして……皇帝を排除した天狐族ってルティ様?」


 私の発言にエディ様とジーナは「え」と声を漏らした。ルティ様は私の髪に触れつつ、微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る