第17話 変わったことと変わらないこと

 求愛紋を得て世界が一変した──なんてことはなかった。私にはルティ様との繋がりを感じる証というぐらいで、もちろん魔法も使えない。ただ天狐族のルティ様の九つの尻尾は、フリフリといつにも増して上機嫌だ。

 そんな私はモフモフの尾が気になってしまい、ルティ様に言って抱きつかせてもらっている。


「モフモフ具合は最高だわ」

「シズクからの求愛……」

「そうなの?」

「尾に触れる、毛繕いは恋人や伴侶の特権だからね。……シズクからの求愛」


 右も左もモフモフに包まれて温かい。

 冬毛だからモフモフ具合がすごいけど、艶もあって綺麗だし、いつもハーブの香りがする。求愛紋を得たことで、今まで尻尾を一尾にしていたのを解いたのだとか。この辺りは感極まって、という感情なのかも? 


「シズクが大胆になって嬉しいけれど、私の尻尾ばかりではなく私も構ってほしいな」

「んー、それなら耳掃除でもする?」

「膝枕もセットだろう?」

「もちろん」


 二人用のソファにゴロンと横になるルティ様は、いつになくデレデレして、なんだか可愛らしい。


「おお……。なんというか、一日で随分な変わりようだな」

「カシミロ殿下……! そうでした! おもてなしもできずに昨日はすみませんでした」


 立ち上がろうにもルティ様が全力で……というか尻尾も使って巻きつくので、動けなかった。

 小国ペルニーアの王子カシミロ殿下は、黒ズボン、ブーツ、白いシャツに厚手のカーディガンを羽織って、だいぶラフな格好で現れた。

 少し寝癖があるが、顔立ちの整った青年だわ。


「シズク、その男にへりくだる必要はない。それと私の頭を撫でるほうが大事だと思う」

「ルティ様、でもこの方はお客様で…………。そうでした。私が襲われそうになった時に放置した方でした」

「その件に関しては──」

「だろう。今朝、冒険者ギルド前に置いてきた不成者二名も無事に収監したと連絡が来た」

「ベルキとチェフのことか!?」

「そんな名前だったか。シズクに襲いかかった時点で、死よりも辛い悪夢をかけておいた。元冒険者で指名手配されていたのだが、どういう経緯で雇ったんだ?」


 カシミロ殿下は深々と頭を下げて謝罪したので受け入れ、座るように促した。ルティ様は「シズクが優しすぎる」とぼやいていたが、一応一国の王子相手にあまり不遜な態度は禍根を残す。そうなると面倒事が増える可能性もある。

 そう耳打ちしたら「シズク、今ので名前を呼んでほしい」と、照れながら斜め上の返答が返ってきたので「後で」と言い切り、カシミロ殿下に今回の経緯を改めて話して貰った。

 なんでも騎士団と共に旅をしていたが、事故による土砂崩れで分断された途中で、彼らを雇ったのだとか。


「我が国ペルニーアは小国だがカラクリ技術が発達していて、林檎農園もありそれなりに裕福なんだ。帝国とも協定を結んでおり、国交を開いていたが一年前に父──国王陛下が病に倒れ、現在は叔父上と王位継承争いで揉めている。おそらく騎士団も叔父上の側近あるいは、一派の手の者だろう」

「そうか(どうでもいい)」

「(ペルニーア小国、聞いたことがないけれど、どの辺なのかしら?)王族も大変ですね……」


 前世王女だった私と、天狐国の次期国王だったルティ様、そして王位継承争い中の王子。なんともすごいメンバーが揃っているわね。


「シズク殿、今回の非礼として、王家に代々伝わる懐中時計を献上したい」

「わっ、すごい。年代物だわ」

「シズク。それぐらい私がいくらでも買って上げるから、その男からもらった物は捨てるんだ」


 ルティ様は何故かカシミロ殿下に対して辛辣なような? 昨日は冷静じゃなかったけれど、今日は棘のある言葉が目立つ。

 カチリ、と開いた懐中時計から、オルゴールが流れた。それはブリジット前世の私が知っているメロディーだった。有名な吟遊詩人の歌をオルゴール型懐中時計にして売り出したのは、祖国の技術だ。


 そして懐中時計の蓋の裏に刻まれた文字を見て、ルティ様の態度も全て理解した。

 そう、だからルティ様は──。


「シズク……」

「素敵な音色だったわ。でもこの懐中時計は私が持っているよりも、殿下に持っていてほしいかな」

「うん。それがいい」

「もし懐中時計が気に入らないのなら、祖国に戻った時に改めて慰謝料及び感謝の気持ちを──」

「必要ない。お前はシズクを危険に晒した上に、切り捨てた側だ。そんな連中に冬の滞在を許したのは、シズクとの関係が良好になるキッカケを齎したからにすぎない。これ以上囀るようなら、国ごと滅ぼすぞ」


 膝枕されていて本来なら格好がつかない筈なのに、凄まじい威圧でそれを成しているってすごいわ……。私的には可愛いだけだけど。尻尾もモフモフしているし。で、でも国一つって、洒落にならないような。そんな心配しなくてもいいのに……。


「ねえ、ルティ様。ルティ様は世界各国の情勢に明るい?」

「まあ、それなりに。色んな場所に目を持っているからね。君が転生したら近くに移れるように拠点もいくつかあるし」


 途端に犯罪臭が……。うん、本当に時間をかけて準備していたのね。すごく重い愛情だわ。


「ではカシミロ殿下に小国の様子を教えてあげるのはどうです? もちろん対価を払って貰うとして。そうすれば冬を過ごす間に、今後どのような生き方を選ぶのかの指針にはなるでしょう?」

「シズクが望むにならなんでも叶えたい……が、この男に力を貸すのは嫌だ」

「(不貞腐れている。うう、可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みだから?)……ルティ様、ここで方針を決めさせておかなかったら、春が来ても居候するかもしれませんよ? そしたら私と一緒に暮らす時間が短くなるかもしれないのに、いいのですか?」

「それは嫌だ。……ふん、それなら冒険者ギルドに行って今すぐに身柄の保護を依頼すれば、住みこみで働けるだろう。推薦状を用意するので、それを持って三人で早々に家を出て行くといい」


 うん。言っていることはキリリとして威厳ある風なのだけど、膝枕で寝転がっているので可愛い。思わず頭を撫でてしまった。これでは格好がますますつかなくなってしまう……と思ったのだけれど、ルティ様は嬉しそうにしていて、離れた指先に視線を向ける。


「気に入ったの?」

「うん。気分が良くなる……シズクは私を喜ばせる天才だと実感したところだ」

「それはよかった。……ところでルティ様、鳥竜族のジーナ王女が《片翼》関係で暴走したら、ギルドからルティ様に連絡が入るのでは? それで建物や被害が出るって危なくない?」

「シズクが無事なら些末なことだ……けど、シズクはそれが嫌なのだろう?」

「うん。事前に危険な可能性があって放置するのって良くないわ。それに昨日の段階で冬の間は面倒を見ると言ったのだから、約束を反故するのも良くないと思うの」

「う……」

「でも国に戻るにも旅費や先立つものは必要だから、昼間は冒険者ギルドで働いてお金を稼ぐのも大事だと思うわ。その間に私とルティ様は二人の時間が取れるでしょう?」

「シズクが傍にいるのなら、私はそれでいいよ」


 交渉は惚れた弱みを駆使してルティ様に承諾された。話を聞いていたカシミロ殿下は何故か目を輝かせて私を見ていた。まあ、殿下に有利になるように交渉を手伝ったから、尊敬の眼差しを向けているのだと──そう、勘違いをしてしまった。


「ああ、僕はなんて罪深いのだろう。《片翼》となった彼女まで、僕の虜になってしまったのだから」

「は?」

「はい?」

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