第51話 亡霊の罪は生者に裁けず

「それはな、王に刃向かった者は皆、処刑されてきたからだ。本人だけでなく、場合によっては家族諸共な」


 侮辱罪で死刑になる事もある。


 そんな時代を作った国王の恐怖と力に、誰もが従うしかなかった。


 それでも行動を起こしたのは、その恐怖を超えるほどの激しい憎しみに支配され、失うモノすら失くした人間だけだったのだ。


「私も死ぬのが怖かった。家族を失うのが怖かった。だから多くの悪事を知りながら、自分自身が悪事に手を染めている事を知りながら王の命令だからと誤魔化し続けていた。いや、目を付けられないようにと勤勉に仕事をしていた私の手は、他の者の何倍も汚れているだろう……」


 恐怖が王に従う配下という名の力を生み、増え続ける力が新しい恐怖を生み出す。


 その負の連鎖は、いつしか歪な国の形を生み出していた。


「だからバチが当たったのかもしれんな。誰よりも任務に忠実で刃向かわない私を王は休ませたくなかったのだろう。ずっと妻が病気で伏せていた事を私が知ったのは、妻が亡くなった後だった……」


「え、だってお母様はそんな事言ってなかったよ? 確か浮気されて、手切れ金で財産をほとんど持っていかれたからグレたって……」


 いきなりのリカルドの言葉に、リルムは舞踏会の時のミュリエルの言葉を思い出しつつ、控えめな声で尋ねます。


「死病に浮気され、俺の財産は彼女の墓を作る為にほとんど費やした。グレたのも本当だ。だから嘘は吐いてないさ。それでも嘘吐きだと言いたいんなら、無理やり言わした俺にでも言うといい。変態野朗に、あまり深い過去は要らないからな」


「お母様は、最初から全部知っていたんですわね……」


 戦争に直接関わった人間を探せ。


 ミュリエルが、遠回しな言葉でメアリーに伝えたかったのはリカルドを探せという事だったのでしょう。


「抗議する私に王はこう言ったのだ。『何を怒っておる? 女ならいくらでも居るだろう? 捕虜でも奴隷でも好きなモノを取ってくればいい。取ってくるのが面倒なら適当な罪でも付けてそこらの女の言いなりにでもさせればいいのだ』とな」


 何かが軋む音が響いた。


 それが握り過ぎた拳の骨なのか。それとも何かを堪えるように食い縛った歯の音なのかは見ているメアリー達にも、音を鳴らしたリカルド本人にさえも解らなかった。


「その時だ。俺は王を殺す事を決意した。正義の為だの何だのは他の騎士の協力を得る為に後から考えた建前だ。ただ俺はあのクソ野郎を殺せれば、それでよかった」


 吐き捨てるように呟いた言葉は、それでも力みを感じさせない自然な口調で――


 だからこそ、それは自分が悪役になろうという演技ではなく、心の底からの本音なのだとアデラレーゼ達には解ってしまった。


「どうしてだ! どうして言ってくれなかった!」


 大臣の怒りと憎しみが、口を開く事すら出来ない重苦しい空間を作る中、王子の激昂した声が響き渡りました。


「権力も武力も財力も、貴方は何一つ持ち合わせてはいなかった。ただ王の息子であっただけの少年に話して何になります?」


「っ――」


 静かに告げるリカルドの声に王子は黙り込む事しか出来なかった。


 何一つ反論出来ないくらい、当時の自分は非力という言葉すら相応しくないほど無力だった事に気付かされたから。


「それに、貴方の父親は悪人です。だから殺して下さい。それが無理なら殺す許可を下さい。そんな酷な事をまだ年端もいかない子どもに大人が言っていいと思いますか?」


「子どもでも私は王族だ! 上に立つべき者として知る義務がある!」


 慰めるようなリカルドの言葉は、逆に王子の心を傷付ける事しか出来なかった。


 無力でも子どもでも、それでも王家としては譲れない責任が、背負わなければいけないものがあったから。


「失礼を承知で言わせて頂きます、国王陛下」


 言葉と共にリカルドは僅かに姿勢を崩すと、見下ろすような視線で王子を射抜いたかと思うと笑いかけました。


「王族だろうが何だろうが、汚れ仕事は大人の仕事。コレだけは何があっても子どもに譲る訳にはいかねえよ」


 それは年に似合わない荒々しさを感じさせる笑みでした。


「アデラレーゼ女王陛下。私こそが貴女の父君を死に追いやった大悪人であり、国王殺しの大反逆者です。首を刎ねるのなら、私の首にしては頂けませんか?」


 そして、姿勢を正してアデラレーゼへと首を差し出します。


 数秒の沈黙。


「……セクハラくらいで死罪になんて出来る訳ないじゃない」


 溜め息混じりにアデラレーゼが呟いたのは、そんな言葉でした。


 驚いたような顔をして、リカルドが顔を上げます。


「リカルドって名前の騎士は随分前に死んだんでしょ? 死んだ人間の罪を他人に着せられる訳ないじゃないの」


「し、しかし……」


「大体、誰が信じてくれるのよ? 貴方がリカルド元騎士団長だなんて言ってさ」


 アデラレーゼの言葉に、リカルドの除く一同は頷きました。


 全部説明された今となっても、まだ何かの冗談とさえ思えるくらい、エロイゼ大臣=リカルドという事実は信じ難い事だったから。


「大体、元々はムテキンが反逆者かどうかって話だったでしょ? ムテキンが違うって解かったんだから、これ以上の話をする必要なんて――」


「それがあるんだよ」


 リカルドが何か言い出す前に話を切り上げようとするアデラレーゼでしたが、その言葉を遮るように別の人間の声が響き渡ります。

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