第50話 過ぎた力の悲劇

「根回しも終わり、後は王を殺せばそれで終わる筈だった。我々は向こうが全面降伏したと王を騙し、城から連れ出した。念の為に選りすぐりの護衛で固めると約束してな」


「本当は、選りすぐりでも何でもなかったんだよね……」


 寂しげな声で補足しようとするリルムの言葉を、リカルドは首を振って否定します。


「いいや。実際に選りすぐりも選りすぐりだったさ。単純な腕だけじゃない。ヤツを殺す覚悟と腕を持った騎士とも言えぬ騎士達のな」


 遠くを見るような表情で、リカルドは続きを話しました。


 とても皮肉気であると同時に、それ以上に寂しそうな声で。


「そして我々の手で王は死ぬ筈だった。王以外に一人たりとも犠牲を出す気はなかった。が、そこで誤算が生じた。ムテキンだ」


 そんな国王ならいくらでも恨みは買っているし、事実、暗殺自体は何度も何度もあった。襲撃や毒殺を含め、何度も何度も。


 だが、ムテキンはいつも国王から自分の身を守るように命令されており、傍に付き従っていた。どんな暗殺も見破られ、ムテキンが居る限り王を殺すのは無理だった。


 それなら、ムテキンを遠ざければそれで済む筈だったのに。


「今ならば解るが、おそらくは泉の精とやらの魔法の影響なのだろうな。王を殺そうとした時、どこからともなくムテキンが現れたのだ。わざわざ自国の防衛を任せ、隣国で王を殺そうとしたのはムテキンを避ける為だったのだがな……」


 例えばアデラレーゼが舞踏会から逃げ出した時。例えばリルムがフォックスに襲われ助けを求めた時。いつも彼は都合良く、どこからともなく現れた。


 ――女王の親族という王族を守る時、ムテキンはどこからでも現れるのだ。


 そしてその戦いの時も、彼は現れてしまったのだ。


 まるで魔法のように。いや、本当に魔法の力に導かれて。


 その気になれば生身で城すら破壊し、倒す事も出来ない化け物にも等しい存在。彼を遠ざける為の人間の努なんては、魔法の前では無力でしかなかったのだ。


「王を取り囲んでいた筈の我々は得体の知れない力で吹き飛ばされ、死者こそ出なかったものの動ける者がほとんど居らず壊滅状態になった。だが、運良く私は軽傷で済んだ」


「いえ、大臣の実力です。自分で言うのも難ですが、あの時の私の攻撃は運だけで凌げるようなものではありませんでした」


「世辞などいらん。軽傷で済んだものの吹き飛ばされた私だったが、運が良かったのか悪かったのか。王の傍に飛ばされてな。この機会を逃す訳にはいかんと王へ切り掛かったのだが、その瞬間、ムテキンが立ち塞がったのだ」


 自国に置いていった筈なのに何の前触れも無く隣国に現れたのだ。それくらいの距離、当時のムテキンに取っては一歩にも等しかったのだろう。


「早過ぎると思う間も無く突き出された槍に、今度こそ私は死んだと思った」


 国王に斬り掛かったリカルドに、カウンター気味に突き出された槍。事実、それは自力では避けられないタイミングであり、リカルドはそこで命の炎を消す筈だった。


「だが、そんな私を救ったのが騎士団長だった。騎士団長は私を突き飛ばし、私の身代わりとなってムテキンに刺されてしまったのだ」


 誰も言葉が出なかった。


 確かにムテキンが刺し殺したのは事実だ。


 そして、リカルドを庇わなければ死ななかっただろう。


 二人に責任が無いないとは言えない。


 でも、だからって二人が悪かったなんて責められる人間は居なかった。


 ムテキンは自分こそが悪いと思い、リカルドの事なんて一切口に出さず一人で死のうとしていた。魔法の影響で自分の意志ではなかったという言い訳一つせずに。


 リカルドも自分こそが悪いと思い、全ての過去を背負って死のうとしていた。先代の騎士団長とムテキンの名誉を守る為、真実を何も語らず自分が悪役になってまで。


 そんな男達を、これ以上責められる人間なんてこの場には居なかった。


「そして、騎士団長が刺された身体でムテキンを押さえ込んでいる間に、私は王を殺害した。この手で逃げる王の背中を突き刺し、動けなくなった王の首を刎ね、止めを刺したのだ……」


 本来なら自分が命を賭しても守らなければならない主君。剣を捧げた相手。


「そこでリカルド・クロスバーンという騎士は死んだのだ。背中を向けた人間を切り付け、主君として仕えた相手を殺した男に騎士を名乗る資格などないからな」


 その相手を騙し討ちの形で殺した時、リカルドはリカルドとしての大切な何かを失い、確かに死んでしまったのだ。


「その時に、私も死ねばよかったのかもしれんな。だが、まだ王子は若かったし、私のせいで死んでしまった騎士団長の家族の事も気掛かりで――」


 そこでリカルドは言葉を止めると、首を振って言い直します。


「いや、違うな。単に死ぬのが怖かっただけだ。理由を付けて誤魔化して、今の今まで生きてきてしまった」


 後悔でもするかのように告げる声は、まるで、それこそが自分の一番の罪だとでも言っているようでした。


「それの、どこが悪いんですの?」


 リカルドの言葉にメアリーは僅かに苛立ちを覚えます。


 死ぬのが怖いのは普通の人間なら当たり前の感情だ。ましてや何かの為に命懸けになったり犠牲になったりする訳でもなく、全て終わった後で生きている意味を見出せずに自殺するなんて納得出来ない。


「大体、それで死んだら庇ったお義父様は何の為に死んだのですか……」


 国王を倒したから目的自体は確かに達成している。


 だけど、本当にそんな目的だけの為にお義父様身体を張ったのかと考えたら、メアリーはそうは思わない。


 単に自分の目の前で誰かが死んでほしくなかったから。いや、その誰かに生きていてほしかったから庇ったに決まっているとメアリーは思っている。


「お義父様に助けてもらった命なんですのよ!」


 メアリーは怒鳴り付けそうになるほど気持ちが高ぶるのを感じていましたが、結局、声一つ出せませんでした。


 それは自分にそんな言葉を言う資格がないとか、思った訳ではありません。


 怒鳴り付けたいほど苛立っているのに、怒鳴り付けたくないという自分でも解らない気持ちに支配されていたから。


「主君を守る為に己の力を余す事無く使った騎士。もう騎士を辞めて新しい人生を歩もうとしていたのに、一人の国民になってでも国の為に命を懸け散った英雄。そして騎士の身でありながら主君を暗殺しようとした反逆者。誰が悪いかなど考えずとも解るだろう?」


 メアリーの気持ちに気付きもせず、リカルドは自分こそが悪いと、この場に居る全員に言い聞かせるように言葉を繋いでいく。


「違います! 何もかも正しかったのは貴方達だ。あの時、もし私の身体が自由に動いたなら、私は貴方達に協力する事はあっても、決して邪魔したりなんかしなかった! いや、私さえ居なければ、そもそも国王にあんな横暴を許す事なんかなかった!」


 そんなリカルドの声にムテキンは声を荒げます。


 自分こそが諸悪の根源だと、力の限りの主張を込めて。


「……確かにお前が居なければ、国王の暴挙は続かなかっただろう」


 リカルドはムテキンの言葉を否定してはくれません。


 事実、ムテキンの言葉を否定する事はリカルドにも出来なかったから。


「だが、間違いなく我が国は滅んでいたな。そして、ここに居る誰もが、この世に居なかっただろう」


 その上で掛けられた言葉は、とても慰めとは言い難い言葉だった。


 ここに居る人間の代わりに、誰か別の人間が死んだというだけの話でしかないのだから。


「……それにな。騎士団長はともかく、私は正義の為に王を倒そうと思った訳ではない。ただ王が憎くて殺したのだ。復讐に走った殺人鬼が正しい訳がない」


「まさか……」


 リカルドの言葉に一同は顔を見合わせます。


 ここまできて、リカルドに全く正義がないと言われて誰が信じるでしょう?


「……何故、誰からも疎まれていた王がそれまで殺されなかったと思う?」


「それは……」


 一同は揃ってムテキンの方を盗み見た。


 さすがに言葉で指摘するのは、憚られたからだ。


「言い方が悪かったな。どうして単独行動に等しい暗殺ばかりが行われた? どうして、組織的な暗殺計画は私の時まで行われなかった?」


 ムテキンを中心に重い空気が漂い始める中、リカルドは質問を変えます。


「…………」


 ムテキンとメアリーは無言で目を逸らしました。


 知っているが言いたくないとでも言いたげに。

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