第49話 知っているからこそ想像出来ない事
その国は、権力と金だけが全てだった。
蹴落とし合いと騙し合い、賄賂と揉み消しなどは当たり前。
権力者はその権力を振りかざし労働者を奴隷のように扱う事でより権力を蓄え、労働者は生活と家族の為に失業する訳にもいかず不当な待遇でも泣く泣く働くしかない。
どれだけ働いても報われず、意欲も金も乏しくなった労働者は必要最低限の物しか買えずに不景気を生み出し、不景気が生産力や開発力の低下を招いて更に国を痩せさせた。
権力者として弱い者から奪う事でしか肥える事を知らない国が、自らを肥えさせる為に他国へ戦争という名の略奪を行う。
たとえ、それが同盟国であろうと何だろうと奪える物があるなら片っ端に。
そして敗北を知らぬまま、国は進み続けた。
その結果。
金があれば、武力があれば、権力があれば。
それで何をしても許される。力がないヤツには語る資格もないと思い込んだ国王を、誰も止められなくなっていた。
○ ○
「それで、どうしたんですの?」
おそらく持っている二つの本から、大体の情報を把握していたのだろう。
衝撃とも言える事実に周りが驚きで声すら出ない中、メアリーは平然とした様子で続きを促します。
「……このままでは近い内に国は滅ぼされる。いや、もしこのまま国が滅ばないなら世界まで国王の思いのままに踏み躙られてしまう。誇張抜きでそう思った私は考えたのだ」
そこで言葉を区切り、リカルドは迷いの無い強い声で告げました。
「王を亡き者にしよう、とな」
それは下克上、あるいは革命と呼ばれるモノを決意したという事です。
「幸い……と言っていいものかな。王へと剣を捧げている筈の騎士団の中ですら、不信はあっても忠義を誓う者など居なかった。ほとんどの者が私の計画を見て見ぬフリをし、それ以外の者は積極的に協力してくれたものだ」
どれだけ暴君だったのか。
その言葉だけでも知れそうでした。
「王の暗殺計画は、順調に進んでいった。我々騎士以外には知られぬよう秘密裏に、慎重に、そして確実に」
メアリーは悲しむように目を細め、リカルドの言葉を聞き続けます。
そんな簡単な言葉で語れないほどの事があったのを、メアリーは二つの本から知っていたのです。
国王の陰で甘い蜜を吸い続けようとしていた権力者達を暗殺したり、自分達に疑いが来ないように定期的に味方の騎士団に犠牲を出したり、敵国からの襲撃に見せ掛ける為に色々と工作したり――
こうして国王を殺して自分達の理想の国へと変えようというのは、国王の暴政と何が違うのかと葛藤し続けていた事も全部。
「そして、準備が大体整ったところで私は他国へと交渉を持ち掛けた。国王を殺すには、他国の協力が必要だと思ったからな」
軽い言葉でリカルドは言うが、そんな簡単な事ではない。
「本来なら私はそこで死ぬ筈だった。王の独断だったとはいえ、同盟も何も無視して侵略を続けたのはこちらだ。王の首を差し出す事を約束したところで、それで済むほど単純でもなければ、そもそも信用すらして貰えない」
侵略者が侵略されている場所へ行くのだ。
話一つ聞いてもらえず、私刑に遭い殺される可能性の方が遥かに高いだろう。
「だから王の首だけでなく私の首も差し出すからどうにか出来ないか、と自ら交渉へ赴いた。その場で首を刎ねられる覚悟でな。当時、私は君達の父君の跡を継いで騎士団長などをやらせて頂いていたし、今と同じくらい政務にも関わっていたから、下手な大臣が行くよりも効果があると思っていたしな」
「よく殺されなかったわね……」
アデラレーゼは思わずと言った感じで言葉を漏らします。
どれだけ言葉を並べようとも、どう頑張ってもリカルドが生きて帰れる様子が思い浮かばなかったから。
「……皮肉にも他国にすら王の暴君ぶりは知れ渡っていたようでな。首を奪われるどころか、同情され積極的に王の暗殺計画に協力して貰ったものだよ。誰もが我が国の革命を待ち望んでいたのさ」
「それを含めてよ。いくら国王が命令したからって国そのものに恨みだってある筈でしょ? 貴方だけじゃないわ。どうして私達の国も滅ぼされなかったのよ?」
悪を倒して万々歳。それで全て解決。
それで終わるには、あまりに国王の行いは非道が過ぎた筈だ。
何もなく終わらせられるほど、世界が一方にだけ優しく、一方にだけ残酷だとはアデラレーゼには思えない。
「……やりたくても出来なかったのだ。何故なら、この国以外はもう、国とも言えないくらいにボロボロになってしまっていたからな……」
それは、本当に皮肉な話だった。
非道な暴君の収める国は、必要以上に世界を踏み荒らし続けてしまった。
その踏み荒らされた国を再興するだけの力を蓄えている国は、踏み荒らし奪い尽くした当の国にしか残っておらず、奪い返すだけの力すら他の国にはなかったのだ。
「……我々も、そこまで事態が深刻だとは気付いてなかった。急ぎ、全ての手配を整えるべく、駆け回ったものだ」
世界が滅びかねない。
リカルドの危惧は間違いではなかった。
それどころか、もはや一刻の猶予もない状態まで来ていたのだ。
「どうしてそんな事になるまで気付かなかったのよ!」
「……貴女になら解る筈だ。人間は隣の家、いや、隣の部屋の事すら把握出来ない。隠されて確認出来ないモノは、確認される瞬間までは存在しないのと変わらないんだ」
「でも、だからって国と部屋とじゃ規模が違うじゃない」
「弱みを見せれば襲われるかもしれない。そう思った国が全力で隠し通そうとしていた上に、周囲の情報をほとんど国王が集めようとしていなくてな。だからこそ、我々は急いだ」
もし隣の国で何か重要な事件が起こったとして、何一つ情報が入ってこないどころか、普段と変わらない情報だけが変わらずに報告されたとしたら――
その事件を認識出来るのは、いつになるのだろう?
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