最終章 終わりの為の物語

第44話 乙女の原動力

 リカルドの亡霊を名乗る男とメアリーの出会いから数日。


 城内は落ち着きを失いつつあった。


 突然、戦争で死んだ筈のアデラレーゼの義父を、ムテキンが自らの出世の為に殺したという噂が流れ始めていたからです。


 わざわざこの時期に流れる以上、誰かが仕組んでいるのは明らか。


 それがムテキンを陥れる為なのか、それとも他に何か意味があるのか。


 判断に悩むメアリーでしたが、事件について何も調べられなかった自分では悩んだところで判断なんて付きようがありません。


 それでも何かせずには居られなくて、メアリーは、ある事を決意します。


 


   ○   ○


 


「保管庫に忍び込もうと思いますわ」


 城の資料室。


 調査協力をしているフォックス以外に人が居ない事を確認したメアリーは、その上で更に囁くような小さい声で提案しました。


「ようやくその気になってくれたか。それで、俺はどうすればいい? 当時の資料を持てるだけ持ち出してアンタに渡せばいいのか?」


 何一つ、手掛かりらしい手掛かりを見付けられず彼なりに悩んでいたのかもしれません。


 やる気満々でフォックスは忍び込もうとします。


「勘違いしないでほしいですの。保管庫には私が忍び込みます。貴方にはその手伝いを頼みたいのですわ」


 ですが、その意欲を挫くかのようにメアリーは宣言しました。


 忍び込むのは自分自身だと。


「本気か?」


 フォックスはメアリーの言葉に、驚いて目を丸くします。


 それも無理ない事でしょう。


 少し前にも述べたように、無断で保管庫に入るのは重罪です。


 その罪を被って資料を取ってきてくれるというフォックスの考えに、メアリーも思う所がない訳ではありませんでしたが、それでも最後は犠牲にする事に納得していた筈なのに。


「言っちゃあ難だが、妹の為に犯罪までするなんて正気の沙汰じゃねえぞ? 家族が大事なのは解るが、それでも自分の人生を犠牲にしていいと思うほどか?」


 軽い調子で呟くフォックスですが、それは言葉ほど軽い気持ちではないでしょう。


 事実はともかく、妹の為に生き方まで変えてしまった親友。クイナの事をそう思っている彼なりの想いが込められているのですから。


「妹の為ではありませんわ」


 下手に誤魔化しても無駄だとメアリーは思いました。


「最初はそうでしたが、今は私自身の為に知りたいんですの。もう妹の為という言葉だけで、外野から関わるのは止めにしたいんですわ」


 今の自分の気持ちを、正直にフォックスへと告げます。


「それが解らねえんだよ。別にアンタ自身が関わっている訳でもなければ、アンタの恋人か何かが関わっている訳でもねえんだ。外野で居て何が悪い?」


 ですが、そんな気持ちを言われたからって納得出来る訳がありません。


 心変わりした原因こそが重要なのですから。


「……数日前、一人で出掛けた時。事件の関係者と思われる人間に誘拐されましたわ」


 メアリーは言い難そうに口を開きます。


 別にリカルドが助けてくれたお陰で何もなかった訳で、言い難い事は何一つなかったのですが、聞かされたフォックスは気にすると思ったのです。


「それは、その、スマネエ……」


 案の定、メアリーの言葉を受けフォックスは酷くショックを受けたらしく、辛そうな表情を一瞬した後、所在無さげに目を逸らしました。


 おそらく彼の頭に浮かんでいたのは限りなく最悪に近い光景。口封じの為、肉体的にも精神的にも苦痛を味合わされたメアリーの姿。


 そして、心を占めているのは護衛を頼まれていたのに何も出来なかったという無力感。


「運良く何もありませんでしたわ。それに一人で出掛けたいと言ったのは私です。仮に何かあったとしても貴方が何かを思う必要なんてありませんわ」


(何か余計に白々しい物言いになってしまいましたわ……)


 沈んだ表情を見せるフォックスにフォローの言葉を掛けますが、余計に気を遣わせてしまいそうな気がして、適当に切り上げて話を進めます。


「誘拐されたのは私が自分を安全な部外者だと思っていたからだと考えていますの」


 例えばクイナと二人で会った時。


 わざわざフォックスに嘘を吐いてまで一人で出掛けなくても、クイナに見付からない場所にでも隠れてもらえば、それだけでよかった筈だ。


 それなのに一人で会おうとしたのは、自分だけで手掛かりを掴みたいという子どものような気持ちだけで動き、自分に危機なんて訪れる訳がないと思っていたからだろう。


「きっとどんな出来事でも部外者を気取りたいのなら、関わるべきではないんですわ。今すぐに手を引いても遅過ぎるくらいだと私は思っていますが、今すぐに手を引くなら引き返せなくはないのかもしれません。ですが、私にも私で手を引きたくない理由が出来てしまいました」


 語りながら、メアリーが思い出していたのは自分を助けてくれた相手であり、おそらく事件の真実を知っているであろうリカルドの事でした。


 メアリーどころか自分の未来にすら興味なさげで、全てが終われば死んでもいいと渇いた声で、迷う事無く答えた男。


(冗談じゃありませんわ……)


 メアリーの言葉なんて関係なく、最初から死ぬ気だったのかもしれません。


 それでも、このまま死なれたら自分の言葉が殺してしまったみたいで嫌だった。


(大体、死ねと言われたら怒るのが当然でしょうに……)


 それに一度でいいから、リカルドの渇いてない声で語り掛けてほしかった。


 出来れば、楽しそうな声で語り掛けてほしかった。


 ――その意味には気付いていませんでした。


「……解った。それで俺は何をすればいい? 入るのを手伝うだけでいいのか?」


 誘拐した相手への復讐でも考えていると思われたのかもしれません。


 同情するような目で、静かに語り掛けてきたフォックスの言葉には、静かさには似合わない力強さが秘められていました。


「それでは、まず――」


 やる気を出しているのに、わざわざ訂正して、やる気を失くさせたり時間を無駄にさせたりする必要もないというか、何を言っても信用しないでしょう。


 メアリーは、これからの計画を語り出しました。


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