第43話 痛みだけが色鮮やかに
「……貴方は、騎士団長を勤めていたリカルド様なのですか?」
刺々しさを抑え、メアリーは穏やかな口調でリカルドだろう人物へ問い掛けました。
無駄に敵意を向けても意味がないと思ったのもありましたが、そもそも自分を誘拐したのは別の男であり、脅迫しようとしたのも、殺すだのと言っていたのもその男だけであり、リカルドは終始メアリーに危害を加える事には否定的でした。
「守って下さったのですわよね?」
いえ、否定的どころか仲間割れになる可能性すらあったのに自分の身を守ろうとしてくれていました。
演技には全く見えないくらいの激しさをもって。
そんな人にこれ以上、礼を欠いた言葉で話すのは気が引けたのです。
「……騎士団長だったリカルドという男は王と共に死んだ。ここに居るのはその亡霊だ」
まるで全てを諦めてしまっているような、どこか渇き切った声でリカルドだろう男は答えました。
肯定とは言い難い返答ですが、少なくとも否定する気はなさそうです。
「それではその亡霊にお聞きします。私の義父を、いえ、先々代の騎士団長を殺害したのは貴方なのですか?」
きっと聞いたところで望むような答えなんて返ってくる訳が無い。もし返ってくるのなら、聞こえが良いだけの都合の良い嘘で騙すだけだろう。
心のどこかで思いつつも、何故か当たり前の質問でもするような気分でメアリーは尋ねてしまっていました。
「……ああ、俺が殺した。直接殺したのは誰かと聞かれればムテキンになってしまうんだろうが、そうなるように仕向けたのは俺だ」
だからかもしれません。
「やはり、そうでしたか……」
本来なら驚かずには居られない筈の自白に等しい返答にも、何よりも望んでいた筈の答えが返ってきたにも関わらず、驚きも疑いもせずに受け入れてしまっていました。
それよりも、リカルドが殺したという言葉に強い悲しみを覚えています。
「恨まれて当然だろう。憎まれるのも仕方ない。その罪からは亡霊だなんて言葉で逃げる気はない。間違いなく、その責は俺にある。いや、逃げ続けてきたからこそ君をこんな目に遭わせてしまったんだな」
自分に語る訳ではなく、独白のように漏れる言葉に静かに耳を傾けます。
「そして君の妹にも、ムテキンにも、申し訳ない事をした」
「妹とムテキン様の事も知っているんですの?」
しかし、このリカルドの言葉には、驚きに声を漏らさずには居られませんでした。
「ああ、知っている。君の妹がムテキンに抱いている想いも、その強さもな。だからこそ、二人の為にも真実を明らかにせねばなるまい……」
メアリーが事件について調べている事がバレているのは誘拐されている時点で不思議でも何でもありませんが、リルムの件に関しては別です。
いくらリルムが立場のある人間とはいえ、女の恋愛事情なんて、普通は把握してないでしょう。
(どうしてですの? その事を知っているのは、私を除けばお母様とクイナさんくらいしか居ない筈ですが……)
そこまで考えて、メアリーは戦慄を覚えました。
(まさかクイナさんが?)
そう、クイナこそ襲撃者と協力関係にあると考えれば納得出来る事が多くあるのです。
例えば事件について調べるメアリーにクイナが警告したのも、クイナの家から帰る途中に襲われたのも、クイナにしか話した覚えがない事を知っているのも。
クイナと襲撃者の間に何か繋がりがあるなら、不思議な事ではありません。
「クイナさんは……」
「クイナ? ああ、そうか。会っていたんだったな。そうだな、俺に力が無かったばかりに、あの子にも不幸を背負わせてしまっている……」
尋ねようとした訳でなく思わず漏れてしまったメアリーの声に、リカルドは思い出したかのように呟きます。
まるで、今回の件とクイナは全く関係ないとでもいうように。
(……一体、何者なんですの?)
これが演技でなく、もし本当にクイナと協力関係にないのだとしたら、あまりにも事情を知り過ぎている。下手をすればメアリー以上に。
過去の事は当事者だからともかく、どうやってリルムの事まで知り得たのか?
「死ねというのなら、もう少しだけ待ってほしい。後、もう少しだけでいい」
急に黙り込んだメアリーの姿を、リカルドは自分への怒りか何かと誤解したようでした。
「自分でも身勝手だと思うが、やらないといけない事が残っている」
リカルドは静かな声で、そんな事を呟きます。
「それが終われば、死んでもらえますの?」
それはちょっとした嫌味や皮肉、あるいは冗談のつもりでした。
自分の言葉に答えてくれているようで、ただ独り言のように言葉を紡いでいくリカルドの慌てた声や困った声、そういうものが聞きたかっただけなのかもしれないし、自分の言葉にちゃんとした反応を返してほしかったのかもしれない。
一方的に言葉を告げられたり何かを確認したりするだけの事務的な会話じゃなく、怒りでも何でもいいから、どこか情のある会話をリカルドとしてみたかった。
「……そうだな。君の妹とムテキンの件が解決したら、死ぬとしよう。わざわざ誰かの手を汚すまでもない」
それでもリカルドは、全くメアリーを見ていないのだろう。
皮肉を理解しようとも受け流そうともせず、ただ受け止めて返してきた。
その渇いたような言葉が、部下と話していた時とは違う言葉の色の無さがメアリーには悲しかった。
(私は、どうすればいいんですの)」
会話を諦めて、メアリーはこの後の事を考えます。
リルムの為を思うなら、利口な道は二つです。
一つはリカルドを信じず、リカルドが真実とやらを明らかにする前に、義父殺しの罪の件で捕まえてしまえばいい。
そうすれば、何も出来ずにリカルドは死刑になるでしょう。
もう一つはリカルドを信じて待つ事です。
放っておいても解決してくれるというのだから、何もしなければいい。
「義父は、どうして死ななければならなかったのですか? 義父が死ななければ、困る事態でもあったのですか?」
そう頭では思っているのに、何故かメアリーは黙って全てが終わるのを待つなんて事は出来なくなっていた。自然と質問が口から出てしまっていた。
不思議と、何でも真剣に答えてくれそうな信頼感を声の主に覚えていたから。
「……あの人が死ぬ必要なんてなかったさ。あれは事故みたいなものだった……」
メアリーの期待に応えるように、リカルドは答えてくれました。
同じような渇いた声に、どこか寂しげな色を乗せて。
「事故、ですの……」
誰かが義父を殺そうとして、その誰かの狙い通り殺された訳ではない。
その事実に気付けないほど、メアリーにその単語は悲しく響いた。
「義父の死には、何の価値も意味もなかったんですのね……」
殺されたなら殺されたで、せめて意味のある死であってほしかったから。何か大きな事の犠牲になったとか、価値のある死であってほしかったから。
殺さなければならなかったほどの悪人だと言われるよりはマシではあった。
けれども、それでも事故みたいなもので、死ななくてもいいのに、ただ運が悪くて無意味に死んでしまったのかと悲しむメアリーでしたが――
ぎちり、と解かれている途中だった縄が急に力強く絞められ激痛が走った。
「……無駄死にした人間がヴァルハラに呼ばれると思うのか?」
思わず悲鳴を上げそうになったメアリーですが、怒りを押し殺し、搾り出すように放たれたリカルドの声に息すら漏らせない。
真の英雄だけが死後に行く事が出来ると言われるヴァルハラ。
伝説のヴァルハラに呼ばれるほどの英雄を侮辱する言葉は誰であろうと許さない、そうリカルドが言ってくれているような気がして。
「俺に力が足りなかったばかりに、あの人は死んでしまった。そして、ムテキンには背負う必要もなかった罪を背負わせてしまった。死ななければならなかったのは俺の方だ」
ぎちぎちと、自分の手を縛っていた縄が更に強く締め付けてきている。
一言、痛いと漏らすだけで緩めてくれると解っているのに、どうしてもメアリーにはその一言が漏らせなかった。
「過去に何があったんですの?」
腕の痛み以上に、縄を解いてくれている男の事が気になっていたから。
自分が義父を殺したと言っているのに、真剣に義父の為に怒ってくれている。その男の事が気になって仕方なかったから。
「君の妹の事もムテキンの事も俺が何とかする。信じろとまでは言わないが、怪我だけはしないように大人しくしといてくれ」
いつの間にか。リカルドの手からは力が抜けており、再び縄が解かれ始めていた。
もう話す気がないのか。無言で縄を外すリカルドの手は、自分を気遣っているらしく丁寧で慎重で、それが妙に頼りなく感じて。
「本当に、全て終わらせたら死んでしまうつもりですの?」
この渇いた声の持ち主が、どこかに消えてしまうんじゃないかとメアリーは不安だった。
縄が絞められた時に付いた傷の痛み。
目隠しされた暗闇の世界で、その痛みだけが妙に鮮明にメアリーの世界を色付けていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
第三章、メアリー編終了です。
そして次回は話を終わらせる物語、最終章へと突入していきます。
果たして物語の結末はどうなるのか、期待して次回以降の更新をお待ち頂ければ嬉しく思います。
ここまで読んで面白かった、続きが読みたい。
書籍化して絵とかが付いてほしいと思って下さる方は――
是非とも、フォローや高評価、レビューなどを書いて頂ければ嬉しく思います。
ちなみに★レビュー、コメント付き♥は作者にメールで連絡が届くように設定しており、私がとても喜びます。
本当にやりたい放題やっているなって思われるでしょうが、実はこの三章はもうちょっとスッキリしたバージョンにする予定もありました。
メアリーとあの人がもっと絡んでいるバージョンですね。
纏まりとかを考えるとそっちの方でもよかったのですが、まだ仕事として書いている訳でもないので、遊べる時に遊ばせて頂きました。
そっちの方も見たかったという方は、書籍化する事を期待してくれると嬉しいです。
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