第45話 姉妹喧嘩

 一方、その頃。


「お呼びでしょうか、アデラレーゼ女王陛下」


 ムテキンはアデラレーゼに呼び出され、謁見の間へとやってきました。


「こんな事で呼び出して申し訳ないとは思うのだけれど、今、城内を騒がしている噂の事は知っているかしら?」


 確証も何もない噂の事だからでしょう。


 あくまで私用として片付けたいらしく、女王としての堅苦しい口調ではなく素の口調で話していますし、警護と言えるような警護も呼んでいないようで、身内であり戦乙女騎士団長であるリルムを控えさせているくらいです。


 それ以外には、王子とエロイゼ大臣が居るだけで、とても騎士団長殺しの容疑者に対する扱いではありません。


 それだけ、ムテキンが信頼されているという事でしょう。


「私が先々代の騎士団長。貴女の御父上を殺したという噂ですね」


「え、ええ。そうよ。その様子だと、わざわざ説明しなくても大丈夫みたいね」


 驚いた様子でアデラレーゼは答えます。


 何故なら、アデラレーゼの中でムテキンはまだアホの人だったからであり、質問の意図を把握し、先を読んで答えるという事を出来る印象がなかったからです。


「その噂は事実です。私がこの手で殺しました」


 それもあって、最初、ムテキンが何を言っているのかが解りませんでした。


 かなり頭がアレなムテキンが出世の為に人を殺すなんて想像出来ませんでしたし、そもそも噂自体が若くして騎士団長になったムテキンを恨んだ人間が流した、根も葉もないモノでしかないと思っていたからです。


「……本気で言っているのかしら?」


 女王陛下としての責任感からでしょう。


 感情を顕わにして怒鳴り付けこそしませんでしたが、抑えても抑えきれない怒りが言葉の端々に滲み出ています。


「冗談か勘違いなら、今すぐ撤回すれば聞かなかった事にするわ。もし貴方の地位を妬んだ何者かに弱みを握られて無理やり言わされているっていうんなら、弁解も何もせずにこの場は下がりなさい。悪いようにはしないわ」


 それでもアデラレーゼは私情を殺し、騎士団長の娘としてではなく、女王陛下としてムテキンへと言葉を投げ掛けました。


「間違いありません。私が、この手で殺しました。槍であの人の身体を貫きました」


「同じ国の騎士、それも騎士団長を殺害したと言っているのよ? それがどういう事か解らないの?」


 アデラレーゼはムテキンの返答に信じられないと言わんばかりに捲くし立てます。


 それも無理ない事でしょう。


 今度ばかりはどう甘く見積もろうとも死刑を免れません。それだけでなく、家族や血族が居たのなら、例外なく全員追放されるほどの罪なのです。


「解っています。その罪を償う為に、今ここで首を刎ねられようとも後悔はありません」


 にも関わらず、逃げようのない証拠を突き付けられた訳でもないのに、ムテキンは頑なに自分の罪を告白し続けていました。


 それは遠回しに、殺せと言っているのと同じ事でした。


「……仕方ない、わね」


 何を言っても無駄だと感じたのでしょう。アデラレーゼは諦めたように剣を抜きます。


「待って、アデラお姉様!」


 話題が話題だからでしょう。話している二人以外は誰もが口を閉ざしていた中、叫び声と共にムテキンを守るように飛び出してきたのはリルムでした。


「城での噂ってムテキンが出世の為にお義父様を殺したって話でしょ? 出世の為なんかに人を殺すような人間が証拠も何もないのに自分の罪を認めたりなんかしないよ」


 捲くし立てるようにして話すリルムに、アデラレーゼは驚いて声も出ません。


 いくらアデラレーゼが身内とはいえ、女王が直々に重要犯罪人を処罰しようとしている時に乱入なんてすれば、捕まってもおかしくないというか捕まるレベルです。


 しかもアデラレーゼは、ムテキンをアホの人とかいう失礼極まりない呼び方で呼んでいた頃のリルムしか知りません。


 はっきり言って、予想外にも程がありました。


「……退きなさい。いくら貴女が私の妹でも邪魔をするのなら力ずくで退いてもらう事になるわよ? いくら昔は私の方が強かったとはいえ、今の貴女は騎士団長を任されるほどの腕になっているわ。怪我させないように戦うなんて出来ないのよ?」


 それでもアデラレーゼはすぐに気を取り直し、剣をアデラレーゼへと向けました。


 アデラレーゼはリルムが泉の精霊との契約で、力を失ってしまった事を知りません。


 だからその言葉は本気であり、全力でリルムを倒すでしょう。


「退かないよ」


 それが解っていても、リルムは退く気なんてありませんでした。


「ボクはムテキンが好きで、助かってほしいって思ってる。だからこうしてアデラお姉様、ううん、女王陛下の邪魔をしてる。だけどさ――」


 自分が公務の邪魔をしているという事も、邪魔をする理由の大半が自分の恋心だと自覚していても、それでもリルムは言葉を続けます。


「納得出来ないよ。仮に、ううん。きっとムテキンは本当にお義父様を殺してしまったんだとは思うよ。でも言い方は悪いかもしれないけれどさ、何年も前の事だから証拠も何もない。白を切ろうと思えば切れる。それなのにさ、事情とか何も確かめてないのに、本人の言葉だけで殺そうとするなんて間違ってる!」


 恋心だけじゃなく、リルムなりに譲れないものがあったから。


 常識だとか仕方ないという言葉で妥協せず、守りたいものの為に最後まで立ち向かう。それが我侭だと解っていても、自分が我侭だと思われるくらいで守れる可能性があるなら躊躇わない。


 確かに、リルムは騎士としての戦闘力は失ってしまった。


 それでも、騎士になろうと決めた時の気持ち。誰かを守りたいという気持ちまでは失っていなかったのだ。

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