第41話 野次馬根性の末路

 クイナの家を出て、城への帰路を歩くメアリー。


(発想を変えないといけませんわね……)


 頭の中にあるのは義父殺しの事件について。


(リルムの言った通り、仕方なく義父を殺すような動機や事件、あるいは事故のような形で殺してしまったという事実を探さなければ……)


 結局、今の今まで苦労して調べた事はムテキンの言葉を肯定する手助けにしかなりませんでしたし、これ以上調べたとしても義父殺しの容疑が晴れる確率は限りなく低そうです。


 それならば、せめて同情や納得に値する理由を探すくらいしかメアリーに案はありませんでした。


(もし、それでも何も見付からないのであれば――)


 その時は姉としてリルムの恋を応援しないだけでしょう。


 もしそれでリルムがアデラレーゼと敵対する事になったとしても、家を捨てる事になったとしても、今回と違ってリルムに協力しないだけです。


 ですが、協力しないだけで邪魔までする気はメアリーにはありません。


 たとえ姉妹と言えど、生き方や人生はリルム個人が決めるものであり、本人が恋に生きるというのなら、それ以上は余計な口出しにしかならないと思っていたからでした。


(ただ、ムテキン様はそうなる事を望んでいないのでしょうけれどね)


 もしもムテキンがリルムを受け入れる気があるのなら、不誠実でしょうが死ぬまで義父を殺した事を黙っていればよかった筈。


 それなのに話したのは義父を殺した人間に娘と付き合う資格なんてないと思ったのもあるのでしょうが、バレてしまった場合、リルムと家族の仲が壮絶に悪くなるだろうと気遣ってくれてもいたのだろうとメアリーは思っています。


(まあ、だからこそ私はムテキン様が無実であって欲しかったのですけれどね……)


 そうやってリルムの事を気遣う優しさを持っていて、何よりもリルム自身が好いている。


 義父殺しの件さえなければ、全面的に応援したい恋だった。


 だからこそ全てが誤解で、円満に二人が結ばれてくれればそれが一番良かったのに。


(これ以上は手掛かりすらありませんし、やはり保管庫に入るしかありませんわね……)


 メアリーがそんな事を思った時です。


 前触れもなく、後頭部に鈍い衝撃が走りました。


(何、ですの?)


 それがどういう事なのか。確認する暇もなく急に景色が歪んだかと思うと、いきなり地面が近付いてきます。


 ――夜道や一人で居る時には気を付けろ。


 そんなクイナの言葉を思い出す事も、自分が後頭部を殴られたという事も、メアリーは気付く事が出来ませんでした。


 何故なら、既にメアリーの意識は暗闇の底へと落ちていたのですから。


 


   ○   ○


 


「――貴方は甘い! このままだと全部バレるかもしれないんですよ!」


 聞き覚えのない男の怒鳴り声にメアリーは目を覚ましました。


(私は一体……)


 状況を把握しようとしましたが、どうやら目隠しされた上に両手両足を縛られているらしく、周りの状況どころか自分がどんな格好をしているのかすらイマイチ解りません。


「もう遠い昔の事だろ? わざわざ誘拐や脅迫なんてしてまで隠す必要なんてねえだろ」


 怒鳴り声の主に、別の男が気だるげな様子で答えます。


 気だるそうでありながらも、どこか荒っぽさを感じる声で。


(この声、どこかで聞いた事があるような……)


 どこかで聞いたような気もすれば、誰かに似ているだけのような気もする声に、メアリーは記憶を辿ります。


 そう、どちらにせよ何か覚えがある事だけは確かな声なのです。


「この程度の犯罪で隠し通せるなら躊躇う必要がどこにあるんです! 何の為に、私達は今の今まで隠してきたんですか!」


「……なあ。もういいんじゃねえか?」


 熱さを増していく男とは対照的に、もう一人の男は冷めた声で返答しました。


「何ですって?」


「もう、全ては遠い過去に成り果てた。わざわざ隠す事に、意味なんてねえだろ」


 投げやりに答える声は、言葉以上にどうでもよさそうな気持ちが滲み出ています。


「本気で言っているんですか、リカルド団長!」


 やる気の全く感じられない声に上げられた男の叫びに、その叫びの中にあった一つの単語にメアリーは驚きを覚えずには居られませんでした。


(リカルド、団長?)


 それは数年前、おそらくは戦争の時に受けた傷が元で死んだとされる人間の名前ではなかったか? 死んでしまったからこそ会う事を諦めた相手ではなかったのか?


「貴方は自分を死んだ事にしてまで、全ての名声を捨ててまで、生き続けてきたのは何の為ですか!」


(やはりこの人は……)


 ほとんど間違いないでしょう。


 目隠しされ、姿を見る事すら出来ませんが、事件の真実を知っていそうな人物が、死んだと思っていたリカルドがすぐ近くに居るのです。


「贖罪と、俺の正義を貫く為だ。その為に真実を隠していただけで、自己保身の為に隠していた訳じゃねえ。それはお前も知ってる筈だよな?」


 再び響く、荒々しさを感じる声。


 リカルドという名前を聞き、意識して聞いてみて始めて解りました。


(なるほど。父親というだけあって、どことなく似ていますわね……)


 リカルドと呼ばれた男の声は、確かにフォックスに似ているのです。


 それは声質と言った根本的な部分だけでなく、話し方や雰囲気といった細かい部分にも感じられました。


「正義の為なら尚の事。たとえ、この子を殺す事になったとしても秘密は守るべ――」


 そこで男の言葉は不自然に止まりました。


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