第35話 男装の麗人?
「にしても、相も変わらず女みたいに華奢な身体だなあ……。もちっと肉とか食った方がいいんじゃね?」
「……放っておいてくれ」
思考が止まりがちになってきたからでしょう。
考え事に集中していた時には気にならなかった、フォックスの様子が目に留まりました。
(いつの間にか世間話に差し掛かっていますわね)
情報収集の為の会話という硬い雰囲気はまるで消え、長い間会っていなかったとは思えないような気軽な調子で話し掛けています。
「アレだぞ? そういう格好している時はいいけど、女みたいな紛らわしい格好していると勘違いした男が寄ってきて困るぞ」
「うるさい黙れ」
ただ、話し掛けられているクイナの方はぶっきらぼうな返答ばかりです。
(しかも地味にクイナさん、涙目ですわ……)
というか、荒い言葉と違って表情は今にも泣き出しそうです。
「お話し中の所、申し訳ありません」
あまりにクイナが不憫で見ていられなくて、話しているフォックスを押し退け、メアリーはクイナへと向かい合いました。
「……ああ、スマナイ。居る事を忘れていた」
放置していた事を謝ってくれるクイナですが、まるで声を掛けられて初めてメアリーの存在に気付いたとでも言いたげな様子です。
(……そういえば、クイナ様が私の方を見たのって始めてですわ)
よく考えてみたらフォックスと一緒に家に上がった時から、声を掛けられた事はおろか目が合った事すらありませんでした。
「始めまして。私はメアリー・ミュスカデ。死んだ騎士団長の義理の娘ですわ」
この人はフォックスしか見えていないのかしらと思いつつも、これ以上、無駄な時間を取っていられないと、気にはなりつつもメアリーは話を進めます。
「ミュスカデ? 俺の時の団長はそんな名前ではなかったが……」
そこでクイナは言葉を止めると、説明しろ、と言わんばかりにフォックスへ視線を送ります。
「俺達の時の一代前の団長だよ。ほら、引退した後にヴァルキリー将軍と再婚して、前の戦争ん時に駆り出されて死んだ……」
「ああ、あの方か……。ムテキンの前に最強の剣士と言われていて、面倒見も良くて誰からも尊敬されていて至高の騎士とまで呼ばれていたのに、少し前に舞踏会で起こした魔法使い騒動のせいで、ちょっと評判を落としている……」
いくら義理とはいえ、他人の父親の死は話し難かったのでしょう。
言い難そうに言葉を濁したフォックスの気持ちを汲んで、素早くクイナは自分が知っている事を話します。
「……今回は、後半部分は忘れていて下さると嬉しく思います」
コホン、とメアリーは咳払いすると気まずげに目を逸らしました。
真面目な話をしようというのに、あの変態事件の話を出されては力が抜けて仕方ありませんし、何よりも義理の娘としては恥ずかしい事件だからです。
「その義父の死因を調べていますの。前の戦争で死んだとだけ聞いていましたが、どうも敵兵ではなく味方に殺されたみたいなのです。何かご存知ありませんか?」
「口ぶり的に大体の事は聞いているのだろう? あの方を殺したのは、おそらくムテキンだろう」
「おそらく? という事は本当の所は解りませんのね?」
(お母様と同じ言葉ですわね……)
ある意味では予想通りの言葉に、ただ確認の為だけにメアリーはクイナに尋ねますが――
「見ていた訳じゃないから絶対とは言えないが、状況的に考えたらムテキン以外には……」
そんな諦め気味なメアリーの考えを裏切りクイナは言葉を繋ぐと、そこで何かを思い出したように言葉を詰まらせてフォックスの方へとチラチラ視線を向けます。
(この視線は、どういう意味なのかしら?)
フォックス自身が殺したのだと責めたり疑ったりしているような視線には見えません。
(フォックスが何かしら事件に関わっている事ですの?)
直接殺した訳ではない。
けれども、何か間接的にフォックスが関わっていると言いたいように思うのです。
「……絶対とは言わないが、ほとんど可能性はないだろう」
暫く迷った末にクイナが放った言葉は、当たり障りの無いものでしかなく、メアリーの期待に応えるような言葉ではありませんでした。
「貴重なお話、ありがとうございます。ただ大事な妹の幸せが掛かっていますので、確信が持てるまで徹底的に調べさせて頂きますわ」
しかし、メアリーは視線の意味を追求しません。
言いたくないのに無理に尋ねても、真実を語ってくれる可能性は低いように思えたからです。
「妹? 君の話ではないのか?」
この場は話を打ち切って、一旦帰ってから一人で尋ね返そうなどと考えていたメアリーの思惑を裏切り、クイナが質問を投げ掛けてきます。
「ええ、妹の幸せです。女としての人生が懸かっていますの」
(妙な部分に反応しますね)
首を傾げつつもメアリーは正直に答えます。
情報を持っている相手の心情を損ねたくないのもありましたが、別に隠す事でもないと思ったからです。
「そうか。妹の為に調査をしている君に、アイツは協力しているのか……」
寂しさと同時に、どこか嬉しさを感じさせる表情でクイナは呟きます。
(何だか、とてつもない誤解をしていないかしら?)
まるで育てていた雛鳥の巣立ちでも見ているかのようなクイナの表情に、メアリーの額から冷や汗が流れました。どう甘く見積もっても、自分とフォックスが恋愛に絡んだ関係と思われているのだけは確かだからです。
(かといって慌てて否定しても照れ隠しみたいになって余計に誤解されそうですし……)
「それなら少しだけ助言しておく。誤解しないで欲しいんだが、これから言う事は脅しとかじゃない。本当に心配だから言っておくんだ」
悩むメアリーの事を気にもせず、クイナは話を進めていきます。
「夜道や一人で居る時には気を付けろ。それと出来るだけ人の多い所に居るか、なるべく腕が立って信頼出来るヤツの傍に居ろ。死ぬ可能性こそ少ないとは思うが、それでも君が調べているのは、それくらい危険を伴う事だ」
「気を付けますわ」
クイナの忠告にメアリーは素直に頷きました。
(しかし、狙われるという事は、そこまでしてでも隠したい真実がまだあるという事ですね。案外、一人になった方が手掛かりを掴めるかもしれませんわ)
それはそれとして。
事件の真相に近付いてきているのでは、と少し浮か初めてもいます。
「おい、下着ドロで逃亡癖のある変態チキン野郎」
メアリーが物騒な事を考えているとは露知らず、クイナはフォックスへと声を掛けます。
「その呼び方は止めてくれ……」
「うるさい、この変態。お前がお前にしか関係ない事を話すだけなら俺は気にしないし邪魔をする気もない。ただ、他のヤツの事を話すってんなら、妨害でも何でもさせてもらう」
「……もうとっくに終わっちまった過去の事で、不幸になる女が居てもか?」
「……ああ。その終わっちまった過去が知れれば、今の生活に支障が出るヤツも居るかもしれないし、そうなれば恨まれるだけで済むとは思わない。これでも俺は、大して話した事もない女よりは、下着泥棒の変態だろうが顔見知りの方が大事な男なんでな」
クイナは軽い嫌味と共に、どこか敵意に似た視線でメアリーを一瞥しました。
それはメアリーの気のせいでないなら、嫉妬と八つ当たりを強く感じさせるもので――
(……いえ、ですから恨まれる筋合いはないのですけれど)
メアリーは無駄に冷や汗を流しつつも、一つの確信を得たのです。
(それと、絶対女ですわね、この人……)
どう考えてもクイナは女以外に有り得ない、と。
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