第34話 性別不詳のクイナ登場
数日後、場所は町外れの一軒家。
「……顔見知りのよしみで家には上げてやったが、下着泥棒と話すような事は何も無い」
フォックスの心当たりを探しに探し回った上、ようやく見付けた知り合いのクイナは、フォックスとメアリーを部屋に上げるなり、吐き捨てるように呟いた。
長身ではあるものの華奢な身体付きに中世的な細面の顔立ちで、どこか物静かそうな雰囲気を持つクイナの容姿からは予測し難い喧嘩腰な台詞です。
(……本気でそう思っているなら最初から家に上げなければよろしいのに)
まさか家に上げるだけ上げて、無言で向かい合い続ける訳にもいかないでしょう。それなのに、わざわざ憎まれ口を叩くクイナの素直じゃない態度にメアリーは苦笑しました。
「……てめえ、それが久しぶりに会う親友に言う言葉か!」
ですが、フォックスは久しぶりに会った知り合いに突き放すような言葉を言われたのがショックだったらしく、叫び声を上げながらクイナへと掴み掛かりました。
「遅いな……」
いきなり掴み掛かられたにも関わらず、クイナは冷静にフォックスの手首を取り捻り上げると、そのまま床へと押し倒し背中へと乗って動きを封じます。
フォックスの動きを完璧に読んでいたと言っても不思議でない華麗さです。
(いくら卑怯な手段を使ったとはいえ、リルムが全く相手にならないくらい強かったと聞いていましたが、不意打ち専門で実は弱いのかしら……)
あまりにも呆気なく組み伏せられたフォックスの無様な姿に、メアリーは呆れ顔です。
「俺を捨てて逃げたくせに、よく戦友とか言えるもんだな……」
吐き捨てるように言いながらも、クイナの声は寂しげにメアリーには聞こえました。
(クイナ様? どうしてそのような切なそうな顔を?)
不思議に思って顔を向けたメアリーの目に、捨てられた犬のような目でフォックスを見詰めているクイナが飛び込んできます。
「……すまん。それに関しちゃ俺には謝る事しか出来ねえ」
「全く、お前ときたら人の気持ちも知らないで……」
弁解一つせずに謝るフォックスに毒気を抜かれたのでしょう。
クイナは諦めたような感じで溜息を一つ吐くとフォックスを解放します。
「それで、今更一体何を調べてる? 遠い過去の事なんて掘り返しても不幸になる人間は居ても喜ぶような人間が居るとは思えないが……」
そして、フォックスが立ち上がるのを待って尋ねてきた用件を聞いてきました。
(どうして、私達が過去の事を調べていると知っているのかしら?)
城内ではアデラレーゼに詳細が伝わらないよう、細かい部分は伏せつつも大っぴらに聞き込みしていますし、別に秘密にしている訳ではないので過去の事を調べている事自体を知る事は、そんなに難しくはありません。
ですが、城勤めをしている訳でもなく、探さなければ見付からないような町の隅に暮らしている人間が当たり前のように自分達の事を知っているのが不思議でした。
「ちょっと個人的に真実が知りたくてな。それに、喜ぶかどうかはともかく、一人の女の幸せを助けられる可能性はある」
メアリーと違い、何か疑問を持った様子も見せずにフォックスは話を続けます。
「女の幸せ? 下着を盗みまくって女に恐怖と不幸をばら撒いてきたお前が?」
「あれは元はと言えばお前が……」
痛烈な皮肉に、フォックスが反論のような言葉を述べますが――
(何がどうなれば他人の影響で下着泥棒に走るのですかね……)
言い掛かりにしか聞こえないフォックスの言葉に、メアリーは頭痛を覚えました。
「俺? もしかして俺のせいで、お前はあんな犯罪に走ってしまったのか?」
ですが、言われたクイナの方は何か後ろめたい事でもあったのかもしれません。
酷くショックを受けたらしく、助けを求めるような潤んだ目でフォックスを見詰めます。
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
その妙に色っぽく見える視線から、フォックスは素早く目を逸らします。
(あら、少し勘違いしていたかしら……)
自分の事を俺と言っていますし長身なので男だとメアリーは思っていましたが、改めてクイナの姿を見ると女性のようにも見えてきました。名前も女っぽいですし。
(しかし、こう男っぽい服装されていると断定は出来ませんわね)
ただ、男でも女でも美形で通用する整った顔立ちですし、華奢な身体付きのせいもあって、女だとは思いつつも確信までは持てませんでしたが。
「本当に忘れてしまっていいのか? もし本当なら、俺はどんな償いだって……」
「男にそんな事言われても嬉しくねえよ。そんな事より、だ。お前には聞きたい事がある」
「……何だ?」
(……あ、何か凄くガッカリしていますし、微妙に怒っていますね)
償いとは言葉ばかりで、本当は何か口実を付けてフォックスに尽くしたいのかもしれません。申し出をアッサリと断られ、クイナは不機嫌そうに尋ね返します。
「前の戦争ん時の話が知りたいんだが、何か知らねえか?」
「……それはまた、厄介な話を持ち出してきたな。前の戦争の、何が知りたいんだ?」
頭痛でも堪えているかのようにクイナは顔をしかめます。
「キナ臭い話は全部教えてくれ。丁度俺はその戦争直前に辞めちまったせいで何があったかも、何を調べないといけないのかも解ってねえ状態なんでな」
「……いくらお前の頼みでも無理だ。確証どころか嘘にしか思えない話が山ほどあるし、確証のない噂を流して誰かに迷惑が掛かっても困る」
「そこを何とかならねえか?」
「戦争で負けそうになった王が、部下達の命を守る為に自分の首を差し出して戦争を止めたとかまであるんだぞ? そんな噂まで、一々話さないといけないのか?」
「ああ、そりゃ確かに天地が引っくり返っても有り得ねえな……」
冗談にも程があると言いたげな表情のクイナに、フォックスも相槌を打ちます。
(いくらこの場に誰も居ない上に今の王子様が寛容な方とはいえ、国王を馬鹿にしたような物言いとをするなんて二人とも不敬罪が怖くないのかしら?)
そこまで考えたところで、メアリーは、ふと、とある事へ思い当たりました。
(そういえば王様が死んだのも前の戦争でしたわね……)
前の戦争で死んだのはメアリーが知っている限りでは二人。元騎士団長である義理の父親。そして王子の父親である国王。
片方は元ではあるものの、両者共に国を代表するような人物であり権力者でした。
(その戦争を境に消えてしまった騎士団をはじめとした城勤めの方々……)
戦争前から勤めている人間は、メアリーが調べた限りではムテキンしか居ません。
(そして王が死んだにも関わらず、お姉様と結婚するまで王子は王位継承をして国王にならなかった……)
妻を娶るまで王位継承出来ないのか。
先代の王が死んでから随分経って、ようやく国王へとなった王子様。
――王子時代が長く、王子本人すら気にしていないので未だ王子と呼んでいる人が多いのは少々問題ですが。
(周囲への信用や実績から考えた場合、実質的なトップは戦争前から城に勤めているムテキン様になるのではないかしら?)
片や最強と名高く、頭がアレな事は世間に知られていない騎士団長。
片や暫く戦争もなく平和なせいか、舞踏会で変態的なプロポーズをした以外には何も語り草がない王子様。
どちらかを支持しなければいけないとなれば、明らかに前者に傾きそうです。
(もし本当にムテキン様が義父を殺したのだとしたら)
そして、その理由が今の地位を得る為だったならば――
(ムテキン様に殺されるのを恐れて、前に務めていた方々は辞めた?)
義父と同じように殺されるのを恐れ、辞めてしまってもおかしくないでしょう。
何せ、相手は最強の代名詞にすらなる人物なのですから。
(……いけませんわね。まだ情報も証拠も集まっていないのに無理に答えを出すなんて)
情報や証拠もないのに無理やりな辻褄合わせをしているのに気付き、メアリーは首を振って凝り固まりつつある思考を掻き消しました。
そう、細かい部分や知らない部分に目を瞑れば、確かに辻褄自体は合うのです。
(リルムの話を聞いていた限りではそんな策略を取る人には到底思えませんし……)
ですが、性格や人柄などから考えると、とても納得出来る答えではありません。
それは誠実そうで、そんな黒い事をしそうにないとかいう意味ではなく、失礼な話ですが、そんな事を考える頭が当時のムテキンにあったとは、メアリーには思えなかったからです。
(昔は聡明だったそうですが、戦争の時には既に魔法の影響を受けていた筈ですしね)
メアリーがそんな事を考えた瞬間です。
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