第33話 やはりただの変態……

「さすがに依頼主の名は明かせんが、俺が城に勤めている事なら調べりゃ解る筈だぜ? もしアンタに何かしたいんなら、わざわざ身動きが取り難い城勤めなんてしねえと思うがな」


「そうやって油断させておいて、というのも考えられますわよ?」


「あー、そういう考え方もあるわな。OKOK、信じないなら信じないで構わない。それならそれでアンタの事を勝手に手伝い、守らせてもらう。だが、俺みたいな変態犯罪者に影から守られるくらいなら、目障りだろうが目の届く場所に置いておいた方が安心出来ると思うがな」


(……全く、誰がこのような男を雇ったのかしら)


 言っている事自体は納得出来る事が多いだけに、余計に怒りを募らせてメアリーは八つ当たり気味に誰かも解らぬ雇い主へ怒りを募らせます。


(……お母様かしらね?)


 ですが、よく考えてみたら自分がムテキンの事を調べている事を知っている人間はリルムとミュリエルくらいしか居ない筈です。


 そして、リルムが自分を襲った下着ドロに頼む可能性と、ミュリエルが頼む可能性なら、どう考えてもミュリエルが頼む可能性の方が高そうでした。


「んで、どうする? 影から手伝われたいか? それとも普通に手伝うか?」


「そ、それは……」


 メアリーは悩みます。


 ミュリエルがわざわざ呼んでくれた助っ人であるなら過去には目を瞑って信用してもいいでしょうし断る理由はありません。ですが、頭ではそんな風に思ってみてもそれでも妹であるリルムを襲った変態である事には変わらないのです。


「命令さえしてくれりゃあアンタの調べ物にだって役立ってみせるぜ? この国に嫌気が差してアンタんトコの親父さんが死んだ戦争ん時にはもう軍を離れちゃいたが、それまでの国の様子なら教えてやれるし、住んでる場所が変わってないなら前に務めていた知り合いにだって会わせてやれる。それでも足りないなら保管所に忍び込んでやってもいい」


 返答を渋るメアリーにフォックスがした提案は、願っても無いモノでした。


「本気ですか? 保管所に忍び込んだら、どんなに甘く見積もっても牢獄行きは免れませんし、まして貴方には前科があります。国外追放どころか死刑になってもおかしくありませんわ。解っていて言っているんですの?」


 しかし、メアリーは提案に頷かず、逆にフォックスへと尋ね返します。


「……アンタが俺の事を心配するとは予想外だ。死ぬほど嫌いなんじゃないのか?」


「ええ、嫌いですわよ」


 確かにメアリーはフォックスの言うとおり、彼の事が嫌いです。


 大げさでなく、どこかで野たれ死んでいればいいのにくらい心の底では思っています。


「ですが、私のせいで死んだりしたら後味が悪いですわ。死ぬのなら私の知らない場所で、私には関係ない理由で死んでいて欲しいですわ」


 ただ死んでいても悲しくないくらい嫌いなだけで、自分で死地に追いやりたいとか殺したいという意味で嫌いな訳ではないのです。


「……アンタ、見た目大人しそうなのに言う事は厳しいな」


 僅かに驚いた様子を見せながらも、どこか面白げにフォックスは口元を緩めます。


「生憎ですが、嫌いな相手に優しくする趣味は持ち合わせていませんの」


 しかし、そんなフォックスと違いメアリーの態度は冷たいままでした。


 まるで何が何でも貴方とは相容れないとでも言いたげに。


「……悪かったと思ってる。アンタの妹には、どう詫びていいかすら解らねえくらい申し訳ない事をした」


 自分の態度が気に障っているとフォックスは思ったのか。


 フォックスは所在無げに目を逸らしながら、呟きます。


「……ただ、俺にも俺で事情があってな。どうしても前の戦争の事を調べねえとならねえ。だから死んだとしてもそれは俺の事情だ。アンタは気にしないでもいい」


(本当かしら?)


 メアリーは疑いの眼差しでフォックスを見詰めました。


 それは、フォックスがメアリーを騙して何かしようとしていると疑っているのではありません。その部分は、既に信用しているのです。


(いくらこんな男でも、私のせいで死なれると後味が悪いのですけれど……)


 メアリーが悩んでいるのは、本当にフォックスにも事情があるのか。自分に気を遣って適当な事を言っているのではないかという部分だけでした。


「……いいですわ。ただ先に言っておきますが、たとえ、その言葉が嘘で私のせいで貴方が命を失ったとしても、私は変わらず貴方の事が嫌いですし、感謝もしませんわよ」


 もしかしたら、自分や自分の妹の為に命を賭けてくれるのかもしれないと思っても、それでもメアリーは上っ面だけの嘘の礼や感謝の言葉なんか述べず、本音の言葉で接します。


 どうしても自分は貴方の事を好きになれそうにない、という気持ちを隠さず。


 そうして嘘や誤魔化しをせず誠実に接する事だけが、嫌いなフォックスに対してメアリーが出来る精一杯の感謝の気持ちでした。


「ああ、それは構わないぜ。許されたい訳でも、許される訳にやる訳でもないから。それに俺はミュリエル様に嫌われて無ければそれでいい」


「ミュリエル……様?」


 疑問の表情を浮かべるメアリーなんて気にも留めず、フォックスは、どこか嬉しそうな様子で自分の首筋から肩へと指を這わせます。


 おそらく、百叩きの時にミュリエルに鞭で叩かれたであろう場所を。


(……鞭で叩かれて新しい趣味にでも目覚めたのかしら?)


 メアリーは、そっと距離を取ると冷ややかな目でフォックスを見詰めます。


 それは彼女の中でフォックスの評価が、下着好きの変態から、救いようのない多趣味の変態にまで落ちた瞬間でした。


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