第36話 真実は果たして
「悪いな。こんな場所まで足運ばせさせときながら、大した収穫もなくて……」
クイナの家から城への帰り道。
フォックスは申し訳なさそうに呟きました。
「いいえ。それなりに収穫はありましたのでお気になさらず」
「気ぃ遣わなくてもいいんだぜ? 確実に何か手掛かり見付けて来いってんなら、当の昔に覚悟なんて出来てるしよ……」
気遣いでも何でもなく、本音でメアリーは答えたのですが、フォックスの方はそうは思わなかったらしく、意味ありげに城の方へと視線を向けます。
それは保管所に忍び込んで来ようか、という確認の仕草でした。
「……それでは一つ、よろしいかしら?」
「ああ、一つと言わず気になる事は何でも言ってくれ。そうすれば、アンタとは関係のない所で俺が勝手に調べてくる」
あくまで自分を犯罪に巻き込みたくないというフォックスの気遣いに少し心を痛めながらも、メアリーは口を開きます。
「その、クイナ様は女の方ではありませんか? 失礼ですが、あの方が貴方を見る目は、同性を見る目ではないように思えましたが……」
それはメアリーの義父の事件とは何にも関係が無さそうな話題でした。
「いや、確かに何でも言っていいとは言ったけどよ。それは別の話じゃね?」
事実、言われたフォックスにとって色んな意味で予想外の言葉だったのでしょう。
拍子抜けしたような声で答えますが、そこにはこんな状況でプライベートを探られた事に対する苛立ちが見え隠れしています。
「あら、何でも言ってよいと仰るから勇気を出して尋ねたのですが、さっきの言葉は口だけですの?」
「良い性格してるよ、アンタ……」
からかうような皮肉染みたメアリーの言葉に、フォックスは刺々しい声で返答したかと思うと、軽蔑したとでも言いたげな視線でメアリーを睨みます。
「……私は、目的の為ならば手段は問わないタイプですので」
メアリーは答えつつも、フォックスからの敵意に耐え切れず視線を逸らしました。
(私だって本人が隠したい過去を掘り返したくはありませんわ)
そう、確かにフォックスとクイナの事は気にはなりますが人を傷付けてまで情報を得たいと思うほどの野次馬心はメアリーにはありません。
あくまで事件に関係ありそうだから知りたいという部分が大きいのです。
(ただ、確証がありませんの)
ですが、もし事情を聞いてみて全く関係なかったら?
事件をダシにして相手の秘密を暴いただけになってしまったら?
それは何となくメアリーには卑怯臭く感じてしまうのです。
相手を無為に傷付け、事件を調べる為に仕方なかったと正当化するくらいなら、自分が野次馬と思われる方がマシだと思うくらいに。
「……すまねえ。アンタがそんな言い方をしてまで知りたいっつー事は、何かしら事件と関係あるかもしれねえって事か」
「いえ、関係ないかもしれませんの。ただ関係している可能性もあるというだけで……」
「ったく、手掛かりも何も見付かってないんだから可能性があるんなら間違ってようが最初から言えってんだ……」
ボリボリと頭を掻きながら、フォックスはバツが悪そうに呟きます。
いくらあまり話したくない事だとはいえ一方的に睨み付けてしまい、あまりにも居心地が悪かったのです。
「……アイツとは昔馴染みでな。まだガキだった頃は一緒に風呂に入ってたし、そん時に男だってのは確認してる。間違いなくアイツは男だよ」
「それじゃあクイナ様は、男の方を……」
そこでメアリーは言葉を止めました。
もうほとんど言ってしまっているも同然ですが、内容が内容だけに全てを言葉にすべきではないと思ったからです。
「……アイツ、昔はクインって名前だったんだ」
黙ってしまったメアリーの姿に何か感じる事があったのでしょう。
クイナを弁護するかのような口調で、ポツポツとフォックスは過去を語り始めます。
「俺とクイン、それにクインの双子の妹にシイナっていう女が居たんだけどな。アイツ等と俺は生まれた時から一緒に居た。まあ、ちょっとした家の事情が絡んじゃいたが、それでも誰よりも仲が良かったと思う。シイナとは同意の上で許婚になったしな」
「許婚が居るのに下着泥棒ですか……」
どうも納得いかないモノを感じて、メアリーは無言で首を傾げます。
というのもメアリーの中では、下着泥棒とは女性に縁がないだけで女性に興味津々な男がする行動というイメージがあったからです。
「でも、あの戦争が起きる少し前。シイナが死んじまって、おかしくなっちまった……」
「おかしく、ですか? 名前を変えた事と関係がありますの?」
いきなり話題に出たばかりだったシイナの死亡を聞かされ、多少驚きつつもメアリーはフォックスに尋ねます。
自分の妹が死んだのだから、ショックの一つや二つは受けて当然ですし、様子が変わってもおかしくないでしょう。ですが、いくらショックだったからと言って名前を変えたという話をメアリーは聞いた事がなかったからです。
「シイナが死んじまった時に改名したんだよ。クインとしてだけじゃない、シイナとしても生きるっていう、アイツなりの証を立てたんだろうな。わざわざ名前をくっ付けてさ」
「そういう経緯で名前が変わったのですね……」
「……アイツはシイナの気持ちや人生を背負って生きようとしてた。そんなアイツと一緒に居たら、シイナの事を忘れてしまいそうで怖かった」
「いくら似ていると言っても、男の方なのでしょう?」
メアリーは納得出来ずに疑問の声を口にしました。
たとえ、双子でどれだけ似ていたとしても、性別の違いは身体の至る場所に現れます。
幼い時ならともかく、それなりの年齢で解らない筈がないとメアリーには思ったからでした。
「……アイツが女物の下着を付けて俺のベッドに入ってきた事があったんだが、あの時、俺はアイツがシイナにしか見えなかった。抱き締めてキスしたくなるのを必死で抑えるくらい似ていた。もし寝起きだったら、どうなってただろうな」
(……途中で気が付くのではないかしら?)
物理的というか、色々な部分で。
(いえ、そういう問題ではありませんわね……)
一瞬、あまり上品でない事を考えたメアリーは頭を振って湧いたイメージを掻き消しました。
途中までだろうと何だろうと、自分が愛した相手と見間違った事、男相手にソノ気になったという事実が重要なのです。
「アイツとシイナの区別が付かなくなって、想い出の中のシイナすらも消えてしまうんじゃないかって思ったら身体が震えてな。次の日の朝、俺はアイツが起きる前に逃げ出した。戦いも間近に迫っていたのに、戦友どころか親友すら捨ててな」
かなり失礼な想像をされていた事に一切気付かず、フォックスは吐き捨てるように呟いて話を続けます。
「それなのに、あの時ベッドに潜り込んで来た時のアイツの姿が忘れられなかった。それこそ、何度も夢に見て、夢の中で俺はアイツをシイナって呼んで……」
そこで言葉を濁し、フォックスは身体を震わせました。
その震えは寒さからくるものでもなければ、友人を失った事に対する悲しみからくるものでもありません。
それは友人と恋人に対する申し訳なさからくる、激しい自己嫌悪が原因でした。
(それほど自分を責めなくてもいいでしょうに……)
メアリーは哀れんだ目でフォックスを眺めつつ思います。
(割り切って新しい恋を探せないほど、深くその女性を愛していたという事なのですから)
たとえ、居なくなってしまったと解っていても、文字通り夢に見て恋焦がれるほど誰かを愛していたという事に、どこに恥じ入る事があるのだろうかと。
「俺はシイナに似た男にときめいたんじゃない、アイツの代わりだからときめいたんじゃない、女物の下着にときめいたんだとか訳の解らない事を考えて、下着泥棒やって、んで、気付いたら何か止められなくなってた」
「……いきなり同情出来なくなりましたわ」
フォックスに抱きかけていた好感が一瞬で消滅するのをメアリーは感じました。
愛する女性が死んでしまい、女性の兄であり親しかった親友が女装するようになった。
それが相当なショックだったのは想像出来なくはないですし、可哀想だったと同情もしている。
ただ、そこから下着泥棒をする事になった意味がメアリーには全く理解出来ないのです。
(しかし――)
そんな話は置いといて。
メアリーはフォックスの話を聞いても、クイナの性別に引っ掛かりを覚えたままでした。
(死んだのは本当にシイナさんの方だったのかしら?)
というのもクイナがフォックスを見る目は、誰かのフリをしているとかいうレベルではなく、どう見ても本心からフォックスの事を愛しているようにしか思えなかったからです。
(もしもシイナさんがクイン様の真似をしているのだとしたら……)
それはメアリーには、とても悲しい事のように思えました。
愛し合う二人が擦れ違うのは本や舞台の中だけでいいのに、と。
(いずれにせよ、クイナさんにはもう一度会わないといけませんわね……)
メアリーは軽く頭を振って思考を切り替えます。
フォックスとクイナ。二人の関係は確かに気になりますが、メアリーが本当に知りたかった事はそれではなかったからです。
(あの視線に、ムテキン様の無実を証明する鍵があればいいのですけれど……)
メアリーが知りたかった事。
それは、義父の死を尋ねた時にクイナがフォックスへと向けた視線についてでした。
そもそも、フォックスへクイナの事を聞いたのは過去を知る事で少しでも手掛かりが得られないかと思ったからなのです。
(とりあえず直接の手掛かりは無理でしたが、有益な話は聞けましたわね……)
今聞いたばかりの過去をネタに、クイナから手掛かりを得ようと頭を働かせ始めるメアリーですが――
「どうでもいいけど、何かアンタ、黒い顔してるぞ」
その表情は、とても純情な乙女とは言い難い邪悪なものでした。
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