第31話 糸口は過去にあり
「そう……。やっぱり、あの子があの人を殺したのね」
ここはメアリーの部屋。
リルムと別れたメアリーは、少しでも事情を知っていそうなミュリエルを呼び出して話を聞いていました。勿論、アデラレーゼへの口止めは忘れていません。
「やっぱり? という事は、お母様も本当のところは解りませんのね?」
(つまり、ムテキン様が殺していない可能性も、まだあると思ってもいいのかしら?)
ミュリエルの言葉に、メアリーは僅かに期待の心を抱きました。
リルムはムテキンの言葉を信じると言っていましたが、そのムテキンの言葉こそが誤解や勘違いであるのが一番良いとメアリーは思っていたからです。
「現場に居た訳ではないから絶対とは言えないけど、状況的に考えたらあの子以外に――」
そこでミュリエルは『しまった』という声が聞こえそうな表情を見せると、慌てた感じで口を閉じました。
「お母様? 状況とは、どういう事です?」
しかし、途中で口を閉じたからと言って聞き逃すような内容ではありません。
一騎討ちや試合ならともかく、戦争である以上は味方も敵兵も数えられない程に居た筈です。
その上、戦況によって目まぐるしく敵と味方の配置だって変わる筈。
それなのに、現場を見ていた訳でもないミュリエルがムテキン以外に殺した人間は考えられない状況とは、どういう戦争だったのでしょう?
いや――
そもそもそんな戦争など有り得るのでしょうか?
「……これ以上の事は、あの戦いに参加していなかった私に語る資格はないわ」
ミュリエルは質問には答えず、背を向けて部屋を出ようとします。
「お母様! リルムが、自分の娘の幸せが掛かっているんですのよ。それでも隠し通さないといけないほどの事なのですか!」
ミュリエルはピタリ、と足を止めました。
かなり親馬鹿が入っている彼女に、その言葉は相当に重かったようです。
「……現場に居なかった人間に、これ以上言える事はないわ」
ですが、ミュリエルは振り返る事もせずそれだけを告げると、そのまま部屋を出て行ってしまいました。
「ありがとうございます、お母様」
一見すると冷たく突き放すような言葉を呟いたミュリエルの背中に、メアリーは頭を下げて礼を述べました。
何故なら、話せないなら話せないなりにヒントだけは出してくれたからです。
現場に居なかった人間だから話せない。
言い換えれば――
これ以上の事を知りたいなら現場に居た人間を探せという事になるのですから。
○ ○
「さて、どうすればいいのでしょうね?」
調査を進めたメアリーは、資料室で途方に暮れていました。
というのも、城中どこを探しても前の戦争に参加したという人間が見当たらないのです。
あえて言えばムテキンが参加している事だけは解っていますが、ムテキンの言葉が真実なのか嘘なのかを調べようとしているのにムテキンに聞いてもどうしようもありません。
(それ以前に、前に務めていた方々はどこへ行ったのかしら?)
調べてみて気付いた事は、前の戦争に参加した人間どころか、戦争時に城に勤めている人間すら全くと言っていいほど城に残っていない事でした。
いくら戦争がここ数年起きていないとはいえ、たった数年間の話でしかありません。そんな僅かな期間に勤めている人間のほとんどが辞めている事になるのです。
(よく考えてみたら、ムテキン様といいリルムといい、二人とも騎士団長にしては若過ぎますわね……)
調べてみるまで疑問にすら思っていなかったのですが、本来、騎士団長と言えば自分達より二回りくらい上、それこそ義父と同じくらいの年齢の人間が務めているものでしょう。
それが男も女も、揃いも揃って若い騎士団長であり、副団長や部下も一様に若いのです。
本来なら居る筈の長年務めていたベテラン騎士達は、どこへ行ってしまったのでしょう?
(一体、数年前の戦争で何があったのかしら?)
ムテキンの言葉の真偽。
すなわち自分の義理の父親がどうやって死んだかを調べるだけの筈が、何か巨大な謎の影が見えつつあります。
(当時の資料も全て極秘指定を受けていますし……)
おかしな事は他にもありました。
当時の戦争の資料が、資料室の奥にある極秘資料保管所に全て収められており、よほどの重職に就いている者以外には閲覧出来ない状態になっているのです。
確かに戦争の記録と言えば重要な書類です。誰かの許可無しに閲覧出来ない状況になっていてもおかしくはないのですが、許可すら取る事も出来ず、ちょっとした資料を含め全てが保管所に収められているとなれば異常と言う他ありません。
(保管所に忍び込むしかないのかしら?)
メアリーは一瞬だけ悩んだものの、軽く首を振り自分の考えを否定しました。
というのも、保管所にはそれこそ本当に極秘の資料が多く収められており、無断で侵入しようものなら甘く見積もって牢獄行き。
甘く見なくて国外への永久追放。
(下手したら問答無用で処刑ですわよね……)
いくら可愛い妹の為とはいえ、さすがにリスクが大き過ぎました。
(お姉様に頼むにしても、公私混同が大嫌いなお姉様の事ですから納得のいく理由がなければ無理でしょうし、かと言って事情を話せば――)
ムテキンが義父を殺した事がバレ、ムテキンは処刑されるかもしれません。
公私混同が嫌いと言っても、いや、嫌いだからこそ同じ仲間の騎士を殺した人間を悩みながらも罰するでしょう。
たとえ、それでリルムに一生恨まれると知らされたとしても。
(それでは本末転倒ですわ……)
メアリーは頭を抱えました。
リルムとムテキンの為に調べているのに、肝心のムテキンが死んでは意味がありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます